第13話 出陣


 タシャト村の面々は何故か、攻撃開始の数日後にプラチュワン京に来るようにと言われた。


 ルルナたちが着いた頃には、プラチュワンはすっかりニンゲンが制圧していた。高床式の建物の茅葺きの屋根が整然と並ぶ町並みは、首都に相応しい整然とした威容を醸し出していた。


 城に入ると、そこはすっかり掃除が済んで綺麗になっていた。

 涼を確保するための開放的な造り。壁や柱に施された精密な彫刻。鮮やかな緋色や緑色や金色の塗装。

 すべてが目眩がするほど贅沢である。


「ご遺体の埋葬は他の方々がやってくださったのでしょうか。申し訳ないことをしました」

 しょぼくれているソウンに、ヒシアは呆れた様子で声をかけた。

「ソウン、あなた一応、ニャンロアイ公国の大公様になるんでしょう。流石に雑用は任せられないわよ」

「僕なんて、ニンゲンの傀儡として選ばれたに過ぎませんよ。それにまだバオティホア朝は滅びていません」


 角無しのフウチャイたちがユマインスと手を組むに当たって、タシャト村は中心的な役割を担っていたし、中でもソウンとヒシアはそれぞれの集落を回って話をしてきた信頼がある。ソウンが大公に任命されるのは自然な流れではあった。


 ただ、不思議なことに、攻撃を受けたはずのレピカ・バオティホア国王、及び三名の王子と一名の王妃の遺体が、どこにも見当たらないという。


「細かいことは気にしないの! やることは大して変わらないのだから」


 ヒシアはどこ吹く風であった。

 ユマインスがニャンロアイの首都および政権を掌握したことに対し、角性かくせいのフウチャイたちが抵抗するのは必至であった。

 ルルナたちはこれを迎え撃つ手筈であった。レピカが生きていようがいまいが、戦いは避けられない。

 尤も、無力なルルナが戦場に出ることは叶わないのだが。


 逆にヒシアはその強力な仙力せんりきから、角無しの軍の主力を担当することとなっていた。

 なお、クオムは再び行方不明である。一度タシャト村に戻って来たのだが、いかに強くとも角性である以上、戦場で敵だと誤認されて混乱を招く危険があるからだ。不参加ということが決まった次の日には、クオムはいずこへと姿を消してしまった。


 ヒシアが最前線で戦うことが、ルルナには心配でもあり、不満でもあった。

 洞窟を発つ日の前夜、ルルナはヒシアに、本当は戦って欲しくない、と伝えた。


「もしかしてヒシアは今も、皆の役に立ちたいの? 皆に認められたいの? ヒシアが欲しい言葉なら、俺がいっぱい言ってあげるのに……それでも駄目?」


 ヒシアは琥珀色の目を細め、手を伸ばしてルルナの頭を撫でた。


「そういう気持ちが無いとは言えないけれど、そうじゃないの。私はこの国を、あなたが幸せになれる国にしたいの。そのためには……角無しが迫害されない世を作るためには、もう、戦って勝つより他なくなっちゃったでしょう」

「だったら俺も」

「それじゃ意味ないわよ。私はあなたを守りたいんだから、あなたが安全なところに居てくれないと困っちゃうわ」


 ルルナが何を言っても、ヒシアは聞き入れなかった。


 翌日、プラチュワン城に入ったルルナたちは、先に来ていた角無しのフウチャイたちから立派な服をもらい、立派な食事も振る舞ってもらった。


 服は、ヒシアをはじめとした翼性よくせいのフウチャイには、ちゃんと翼を通すための穴が空いたじゅが用意されていた。こんなにたくさん用意するのはさぞ手間だっただろう。


 料理は、肉と野菜を米皮で包んで揚げたものや、米粉の麺が入った汁物、砂糖をふんだんに使ったお菓子など。こんなに豪勢な食卓は見たことすらなかったし、想像したこともなかった。ルルナが生まれて初めて口にする料理もいくつかあった。


 その後、プラチュワン京に残っていた反抗的な角性のフウチャイを、脅すなり追い出すなり殺すなりして大人しくさせる、小規模な戦いがしばらく続いた。ルルナはヒシアが城を出るたびに、はらはらしながら見送るしかなかった。


 プラチュワン京での散発的な抵抗が減っててきた頃、ソウンが大公になるための儀式が城にて執り行われた。ルルナは深緑色のほうを羽織り、その儀式に参列した。


 やがて、代々の国王が座ってきた玉座の前に、臙脂色に金色の刺繍が施された袍をまとったソウンがやってきた。くすんだ薄桃色の髪はいつもと違って綺麗に梳いてあって、首周りでくるりと弧を描いていた。

 後からニンゲンがやってきて、国王の証たる金色の大きな杖をソウンに渡した。

 豪華な装飾のついたその杖を、ソウンはどこか憂鬱そうな、困ったような微笑みを浮かべて受け取ると、壇の下で正座して見ているルルナたちに一礼し、挨拶を述べた。


「この度、ニャンロアイ公国大公に……就任しました、ソウン・ティティツアンです。ニャンロアイ公国の栄光と、ユマインス連邦王国の繁栄のため、尽力します。よろしくお願いします」


 喝采を受けながら、ソウンはちょこんと玉座に腰掛けた。翼性の中でも体が小さいソウンは、足が床に届かず、所在なさげにぶら下げている。

 明らかにソウンは、ニンゲンから大公の位を押し着せられて困惑していた。強引に頼まれて断れなかったのがよく伝わってきた。

 ソウンらしい態度ではあった。


 しかしソウンは、引き受けた仕事を放棄するような真似はしなかった。

 角無しの軍の団結を強め、士気を高めた。ニンゲンの立てた作戦の調整時にも、物怖じせずに異を唱えたり、提案を述べたりした。


 ソウンもまた、戦場に赴く許可が得られていないのだが。


 ニンゲンはソウンに死なれては困ると思っているので、城から出ることすら許さないほど厳重にソウンを守っていた。


 ルルナもソウンたちと共に城で待つよう言われている。戦えない分、役人として登用されて、新しい国の体制を整えるという仕事が与えられているのだ。


 軍人として主戦力を担うヒシアとは会う機会がぐっと減ったし、寝起きする部屋も別々だった。

 寂しかったけれど、わがままは言えない。忙しいヒシアの邪魔はしてはいけない。


 やがて、プラチュワン京から見て北東の町、スンクロル町で組織的な反乱が起きたとの知らせが舞い込み、ユマインス・角無し連合軍はすぐにも出陣することになった。

 出発の日の朝、城の前庭にて、ルルナは何とかヒシアを捕まえた。


「ヒシア、気をつけて。死んじゃ駄目だよ」

 ヒシアは柔らかく笑った。

「ありがとう、ルルナ。私は大丈夫だから、安心して」


 大丈夫なんかじゃないくせに、ルルナを安心させるためにそう言ってくれるヒシアを見て、ルルナの胸の中に様々な感情があふれ出した。


「俺、ヒシアの役に立ちたいのに、俺だってヒシアを守りたいのに、なのに戦えなくて、それどころか迷惑をかけてばっかりで……。ごめん。弱くてごめん……」


 ヒシアは爪先立ちになり、腕を伸ばしてルルナの頭を撫でた。


「いつも言っているでしょう。ちっとも迷惑なんかじゃない。あなたは居てくれるだけでいいの。だからお願い、卑屈にならないで」

「でも」

「それじゃ、行ってくる。きっとすぐに戻るから」

「……。行って、らっしゃい……」


 ヒシアが飛んでいく後ろ姿を見ながら、ルルナは体がずんと重くなるような絶望を味わった。

 いや──本当に体が重い。腕が上がらない。立っていられない。

 ルルナは地面に膝をつき、手をついた。

 綺麗に刈り込まれた庭の草地が、ルルナの重さで少しばかり凹んだ。


「うえ、何これ」


 同じく見送りに来ていたソウンがルルナの様子に気づき、護衛を置いてこちらまですっ飛んで来た。


「どうしました、ルルナさん。立てますか」

「た、立てない。何か、体が急に重くなって」

「落ち着いて、僕に掴まって。ゆっくり……。え、重っ」

「重い、よね? 何で……? ど、どうしよう」

「妙ですね。ヒシアさんはいつも、ルルナさんのことを抱えて軽々と飛んでいたのに……。んんんんー」


 ソウンはその小さな体で、ルルナの両脇を抱えて飛び立とうとした。ルルナもなるべくソウンの負担にならないように、体を軽くしようとした──そのため、ルルナの体重はいきなり紙のように軽くなった。ソウンは勢い余ってビューンと空高く飛んでしまった。


「え、軽っ」

「わわわ!?」


 二人して空の中、驚き慌てる。遥か下からは、「ソウン様ァ──ッ!!」と人々が叫んでいるのが聞こえる。

 しかしソウンはすぐに平静を取り戻した。


「ルルナさん、これは恐らく仙力ですよ。君は体の重さを操っているんです」

「仙力? 俺の?」

「はい。それでですね、頼みがあるんですが。僕が地上に降りるまで、頑張って仙力を制御してください。もしこの高さで急に君が重くなったら、僕たちは落ちて死にます」

「ひえっ……わ、分かった」


 何とか無事に地上に降ろしてもらったルルナは、肩の力を抜いた。途端に、今にも風に吹き飛ばされそうだった己の体重が、体の大きさに見合った重さに戻った。

 ソウンは安堵の溜息をついた。


「ご無事ですかーっ」

 護衛のフウチャイとニンゲンが駆けつけてくる。ソウンは彼らに笑みを返すと、ルルナに向き直った。


「仙力が一つ分かって良かったですね」

「う、うん、ありがとう」

「多分ですけど、ルルナさん、この力は随分と前から無意識に使っていたのではないですか? 大きくなってもヒシアさんに運んでもらえていたのは、きっとそういうことですよ」

「そうかも。俺、なるべくヒシアに迷惑……えと、負担をかけたくなかったから。でも……うーん」


 ルルナは首を傾げて、記憶を辿った。


「俺、もっと前、タシャト村に来る前から、仙力を使ってた気がする」

「おや、そうなのですか?」

「うん。俺、ヒシアに拾ってもらう前、プケア山脈のてっぺんから、谷底のプケア川まで、落っこちたことがあって」

「……はい?」


 ソウンは信じがたいといった様子で聞き返した。


「あの高さから、ですか? 一バクはあると思いますが……」

「普通なら死んじゃうよね。俺もあの時は変だなって思ってたんだけど、色々あって忘れちゃってた。でも実は、知らない内に自分の体重をとっても軽くして、落下の衝撃を和らげていたのかも」

「そうでしたか……。それは危ないところでしたね。君が無事でよかったです」

「うん……ありがとう」


 ルルナは少し俯いた。

「この仙力をうまく使えるようになったら、俺も戦いに出られるかな」

「それは……」

 ソウンは悩ましげに目を瞑った。

「何とも……言えませんね。ルルナさんの仙力が、トゥイさんのように他のものにも作用するのかどうか、そしてそれが戦場で身を守れるほど強いのかどうか、色々と練習して試さないと、分からないと思います」

「そっか」

「それより今は書類をやっつけないと。ルルナさん、手伝ってください。これも立派な仕事ですから」

「分かった」


 ルルナは一つ結びの髪をきゅっと左右に引っ張り、立ち上がった。

 やることは山積みだ。


 ソウンは、ニンゲンに渡されたユマインス語の膨大な資料を、ロイクの力を借りながら解読し、次々と手続きを進めた。


 ルルナは、仙力の練習の合間に、バオティホア王家が作っていたニャンロアイ語の資料をまとめて整理する仕事をした。


 忙しく手を動かしながらも、ルルナはヒシアの心配をし続けていた。


 お願い、どうか、無事でいて。

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