第3話 衣食
ルルナを洞窟に下ろしたヒシアは、さてと、と腰に手を当てた。
まずは夕飯。きっとここまでの旅ではろくに食事も摂れていないだろうし、早めに温かいものを用意してあげないと。
次、寝床。幸い布団は二枚ある。滅多に使わないものだけれど、とっておいて良かった。後で持ってくればよし。
そして衣服。いざという時に売るため、古着を四揃いほど保管してある。あれを小さく仕立て直すか。端切れを使えば袖と裾を作れるし、麻糸の手持ちもまだ余裕があるから大丈夫。
ヒシアは洞窟の隅から古着を持ってきた。
「ルルナ。これを二揃い直しちゃうから、どれが良いか選んでてくれる?」
「うん。ありがとう」
「どういたしまして。私、ちょっと出てくる。すぐ戻るわ」
「うん」
ヒシアは椰子の実の
フウチャイは通常、二つの
谷と反対側の出口は、ややなだからな斜面となっており、その向こうには森林地帯が広がる。ヒシアはその上空に出た。
椰子の群生地まで飛んで、若い実を二つもぎ取る。そこから村を飛び越えて谷底の川に降り、川辺に椰子の実を置いて水を汲む。それからふくふくと太った
洞窟に戻ると、ちょうど着物を選んだばかりのルルナが、青竹色の目をまん丸にしてヒシアを見た。
「本当にすぐだね!」
「仙力を使ったからね」
「そうなんだ! いいなあ。俺も仙力欲しかったな」
「……。服は決まったのね。裁縫はできる?」
「できるよ」
「じゃ、道具はそこの箱にあるから、裁断だけお願い。糸を解いて、自分の体に合った大きさに切って」
「分かった」
ルルナが言われた通りにしている間に、ヒシアは木製の食器を複数と調理器具を用意した。さっきの焚き火に三脚を二つかぶせて鍋と
まず、水入れの中で弱々しく脚を動かしている川蛯の頭をもぎ、殻を剥いて身だけの状態にする。頭と殻は出汁を取るため鍋に放り込む。
次、岩塩の入れ物の蓋を開け、適当な大きさの欠片を選び、叩いて砕く。
朝のうちに適当に摘んできた山菜を短刀で切る。
椰子の実に短刀をガンガン叩きつけて、種ごと割ってしまう。種の内部の果汁を器に空け、その周りにあるぷるぷるした果肉を匙で削って別の器に入れる。
少し、休憩。
水が沸騰したところで、川蛯の頭と殻を取り出し、川蛯の身と山菜と岩塩をぶち込んで混ぜる。灰汁を取りつつ具材に火を通し、川蛯が柔らかくなったら、川蛯の汁物の完成だ。
その後火加減を調節して、米の方もほかほかに炊き上げる。米や麦はそう頻繁には手に入らないが、今日は特別だ。色んな種類の食材を食うことで元気も仙力もモリモリになるのだと、ヒシアの師匠は言っていた。
「ルルナ、夕食を食べましょう。こっちへ来て」
「え、あ、うん」
ルルナは裁ちかけの着物を置いて、ヒシアの元まで来た。
ヒシアは椀を並べ、箸を差し出した。
「お腹が空いているでしょう。温かいうちに食べなさい」
「ありがとう」
ルルナは一口、汁を口に含むと、ふう、と感嘆の息を吐いた。
「あったかい。美味しい……」
言葉と同時に、水色の目から二粒の涙をこぼした。ルルナはおろおろと狼狽した様子を見せた。
「ご、ごめん。俺、泣くつもりじゃなくて」
言い訳をしながらも新たに涙をこぼしている。ヒシアは柔らかく笑んで、ルルナの頭を撫でた。
「謝ることじゃないわよ。あなたは一人で家を追い出されて、一人で過酷な旅をして、ようやく着いた村からも追い出されて……とっても大変だったんだから。この洞窟は住みやすくはないけれど、今日からルルナの家よ。安心していいからね」
「うぅ……」
ルルナはぽろぽろ泣きながら、たくさん食べた。米を一粒残さず食らい、汁物を三回お代わりして、椰子果汁を飲み干して、椰子の果肉も綺麗に平らげた。食べ終わると眠くなってきたのか、瞬きの回数が増えてきた。
「まだ日があるけど、今日は早めに休みましょうか」
「でも俺、まだ二着目の裁断が終わってない」
「一着目と同じ大きさにすればいいんでしょう? なら私がやっておくから大丈夫。今晩はその着物で過ごすことになるけれど、布団ならちゃんとあるから、ゆっくりなさい」
「そんな、お世話になってばかりじゃ、俺……」
「疲れてるんでしょう。良いから休みなさい。働きたいなら、明日からやればいいわ」
ヒシアは敷布団と掛布団を取ってきて、洞窟の中でもなるべく風が吹き込まない場所に置いた。
「はい、おやすみ」
「う……おやすみなさい」
ルルナはもぞもぞと布団にもぐりこんだ。すぐに寝息が聞こえてきた。
ヒシアは食事の後始末をすると、機織り機の隣に置いた裁縫箱を開けた。服を裁ち、針と糸で布を縫い直し、背中の切れ目も塞いだ。裁った後の端切れをつぎはぎして、
更に紐を四本使って、袖と裾に通した。この紐を引っ張って結べば袖口が絞られる。これなら作業の時にひらひらと邪魔になることもない。
我ながら上出来。よし、今日の仕事はおしまい。寝よう。
翌朝、ヒシアがルルナに仕立て直した着物を着てもらって微調整していると、外の方でばさりと羽音がした。
「ヒシアさん、ルルナさん、おはようございまーす」
ソウンの声だった。
「はーい」
ヒシアが機織り機の傍らの古びた木箱から糸束を取り出して洞窟の入り口まで出てくると、ソウンが隣に降り立った。
「おはよう、ソウン」
「おはようございます。こちら、ニュアさんから預かった稲藁を持って来ました」
「ありがとう。意外とたくさんくれるのね」
よいしょと稲藁を受け取って床に置き、持ってきた
「はい、これで良いかしら」
「確かに預かりました。届けておきますね」
「よろしく。ごめんなさいね、手間をかけさせて」
ソウンはふるふると首を横に振る。
「僕も用事のついでですから。ルルナさんを呼んでもらっても?」
ルルナは既に岩の陰から、こっそりこちらを窺っていた。ヒシアが手招きすると、とてとてと駆けてくる。
「おはようございます、ルルナさん」
「おはようございます、村長さん」
「ソウンで良いですよ。ルルナさんの住民登録をしなければならないので、いくつか確認したいことがあるのですが、よろしいですか?」
ルルナはこくんと頷く。ソウンは懐から、樹皮で作った紙と、墨壺と筆を取り出した。
「まず、正式な氏名は」
「ルルナ・チュオン」
「年齢は」
「二十三」
「最後に、仙力は」
「無いです」
「はい、ありがとうございます」
さらさらと書きつけたソウンは、眉を下げてルルナを見た。
「それから、昨日は申し訳ないことをしました。村人を代表してお詫びします」
ルルナは目をゆっくりと瞬かせた。
「でもそれは俺が
ソウンはまたも首をふるふるさせ、こんなことを言った。
「鱗性だからという理由でルルナさんを拒絶するのは、
ソウンが温和な口調で辛辣なことを言うので、横で聞いていたヒシアは少し驚いた。
ニンゲン──角も翼も鱗も無いが、生まれつき女性と男性のどちらかの身体的特徴を持つという、不思議な人々。寿命は非常に短く、仙力を持たず、神という存在を崇拝している。
昔々、フウチャイはニンゲンによる攻撃から逃れて、森の奥にそびえる山岳に落ち延びた。そこから森を切り拓いて作られたのが、ニャンロアイ王国だ。
深い森と険しい山岳を天然の要塞として隠れ暮らす内に、ニンゲンは代替わりを繰り返し、フウチャイへの敵愾心を忘れ、やがてフウチャイの存在も忘れ去ったという。
「ああ」
ソウンは墨壺と筆を仕舞い込んだ。
「長くなってしまいました。僕はもう戻らなくては。失礼します」
「ええ。忙しい中ありがとう」
「いえいえ。お邪魔しました」
ソウンはふわりと飛び立つと、洞窟から上へと飛翔して行った。
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