第2話 排斥


 ルルナの手を繋いだまま、ヒシアは竹垣の門を開けて村に入った。畑の真ん中に通された道をスタスタと進む。ルルナはきょろきょろと村を見渡しながら歩いた。


 質素ながら、木造の家がぽつぽつと建っていた。畑では麦や野菜、亜麻などが栽培されている。低い位置には、米を育てる棚田が作られているのも見えた。しかし、馬や水牛などは飼育していないようだ。


 野菜畑で笠をかぶって雑草をむしっていた翼性よくせいのフウチャイを見つけたヒシアは、その人に声をかけた。


「ヴァン。ちょっと聞きたいのだけれど」

「ひゃっ!? ヒシア!?」


 その人は顔を引きつらせて尻餅をついた。ヒシアは構わず続ける。


「あっちで捨て子を見つけたから連れてきたの。村長がどこにいるか分かる?」

「いや、し、知らない……。捨て子ってその子か?」


 ルルナは前に出てお辞儀をした。


「ルルナです。よろしく」

「ああ、よろしく……ん? ルルナお前、翼は?」

「無いよ。俺、鱗性りんせいだから」

「えっ!? ええ〜っ!?」


 ヴァンの素っ頓狂な声に、何事かと村人が集まり始めた。


「何だ何だ、何の騒ぎだ」

「げっ、ヒシアさん……」

「あっ、新入りの子じゃない?」

「待て、このチビ、翼が無いぞ」

「えっ」

「まさかとは思うが、鱗性ってやつか?」

「うわ、本当だ……。手首のあれが鱗か? 薄緑の……。初めて見た」

「え……鱗性なの?」

「鱗性か……うーん……」


 ルルナはおろおろして、ぞろぞろと出てくる野次馬たちを見回した。

 あまり歓迎されていない気がする。ヒシアに至っては何故か怖がられているし。

 そんな中、ひときわ大きな声がした。


「そんな子、村には入れられないよ! 鱗性が現れるのは凶兆だって言うじゃないか!」


 ざわざわ、と村人たちが囁き合い、ルルナからじりじりと遠ざかっていく。ルルナはちょっと俯いた。反対にヒシアは声の主をひたと見つめた。


「ニュア、身勝手を言わないで。タシャト村に入れてもらえなかったら、ルルナはどこへ行けば良いの?」

「知らないよ! あたしたちが面倒見る義理なんかない! だって鱗性は、仙力せんりきも使えないんだろ? 力も弱いって言うし、こんなにチビじゃあ大して働けないし、何の役にも立たないじゃないか! そんな子を置いておけるほど、タシャト村に余裕はないよ!」


 ルルナはいよいよ俯いた。

 ……他人に迷惑はかけられない。己の居場所はここではない。早く、他の場所を探さなくちゃ。


 ルルナが口を開く前に、「こらこら」と声が降ってきた。

 一人のフウチャイが、薄紫色の翼で村人たちの頭上を飛び越え、ストンと前に降り立った。

 くすんだ桃色の髪を無造作に結んだ小柄なその人は、柔らかい声でたしなめた。


「そんなことを言ってはいけませんよ、ニュア。僕たちは皆、仲良くしなければ。角無しの賎民どうしなんですから」

「ソウンさん……」

 ニュアは少したじろいだ様子だが、それでも反駁した。

「でも、その子のせいで本当に災いが起きたら、皆が困るじゃないか……!」

「まあまあ。不確かな未来のことで気を揉むのはよしましょう。ね?」

「でも……でも……」


 黙り込んだニュアに背を向け、ソウンはルルナと目線を合わせた。


「はじめまして。僕はタシャト村の村長、ソウン・ティティツアンです。よくここまで来てくれました。大変だったでしょう」


 ルルナは首を横に振った。それからおずおずと口を開く。


「ルルナ・チュオンです。あの、俺……迷惑だったら、ここから出て行く……」

「おや」

 ソウンは困ったような顔をした。

「子どもがそんなことを気にするものではありません。君が周りに助けてもらいながら生きるのは当然のこと。そして子どもを助けるのは大人として当然のことです。……ただ……」


 ソウンは、ルルナたちを遠巻きにして囁き合っている村人たちを振り返った。

「何か特技があるならまだしもねえ……」

「ああ……こっちだって生活はかつかつだからな」

「飯のこともあるし、何より税が……」


 ソウンは肩を竦めてみせた。

「申し訳ないことに、皆はあの調子です。君には居心地の悪い思いをさせてしまいます。僕がとりなすまで、少しの間、辛抱できますか」

「えっと……」

「ソウン」


 ヒシアが口を挟んだ。


「あなたの仙力では、皆にルルナを認めさせることまではできないでしょう。現に、あなたが村長に就任してからも、私は崖に住んでいるわ」

 ソウンは悲しげにうなだれた。

「うぅ……そうですね。力及ばず申し訳ないです」

「ああ、謝らないで。私は別に気にしてなんかないから。ただ、あんな様子じゃあ、ルルナが村で暮らすのは難しいと思うの。どうせ、何かしら良くないことが起きた場合、全てルルナのせいにさせられるでしょう」

「……それは、否めませんね」

「そうなるくらいなら、この子は私が預かるわ」

「えっ」


 ソウンは目をぱちくりさせた。


「ヒシアさんが?」

「ええ。もちろん、ルルナが良ければだけど」

「大丈夫なんですか?」

「まあ、何とかなるでしょう」


 ヒシアは琥珀色の瞳でルルナを見下ろした。

「ルルナ、皆と村で暮らすのと、私とあの洞窟で暮らすの、どちらが良いか、自分で決められる?」


 ルルナはすっかり困惑してソウンとヒシアを見比べた。


 ──腕に鱗が出た日、自分は仲間外れになるべき存在なのだと、ルルナははっきりと認識した。なるべく迷惑をかけず、皆に近づかずに、ひっそりと生きねばならないのだと。


 ルルナの手首の鱗を見た片親は、迷わずルルナの頭を殴った。


「何だソレは! 不気味なもん生やしやがって! せっかく俺が苦労して産んでやったのに、二十何年も食わせてやったってのに、全部が無駄になったじゃねえか! いっつも愚図だし役に立たねぇし、家に居るだけで迷惑千万だ! 今すぐ出ていけ!」


 もう一人の親も、ルルナに同情を向けることは無かった。


「まあ落ち着け。こいつを集落にやるにしたって、長旅になるぞ。荷造りの時間くらい与えないと。俺は保存食を用意するから、お前、着替えとか包んでやれよ。そんで明日の朝に出発させりゃあ良い。……ルルナお前、一人で行けるか」


 ああ、両親は、ルルナの隣を歩くのすら嫌なのだ。

 ルルナは、一人で行くと二人に伝えた。それから小声で付け足した。

「せっかく生み育ててくれたのに、役立たずで迷惑かけて、ごめんなさい」

 両親は溜息をつくだけで、ルルナの言葉に何の反応も示さなかった。


 ──肉親でさえあんな風なのに、初対面の村人の中で暮らすなんて、絶対無理だ。

 でもヒシアは、最初から普通に接してくれた。鱗性のルルナを蔑むことなく、命を救い、気遣い、世話を焼いてくれた。


 ルルナは顔を上げた。


「俺、ヒシアのところが良い……かも。その、邪魔でなければ」

「決まりね。ちょっと私、説明してくる」


 ヒシアは村人たちの方へずかずか歩いて行った。


「皆、心配しないでも、ルルナは私が預かるわ。その代わり、ニュア」

「ひえっ、な、何!?」

 ニュアは完全に及び腰だった。

「後でうちに乾いた稲藁を持ってきて。この子の笠を編むから」

「え、何であたしが……」

「あなたがギャーギャー騒ぐからこうなったんでしょ。責任を取りなさいよ」

「だって」

「対価は払うわよ。蕉糸しょうしを三十本でどう?」

「うっ」

「タシャト村の掟は、持ちつ持たれつ、でしょ」

「……」


 交渉の末、ニュアは稲藁の提供を渋々了承した。


「じゃあ、ひとまず私たちは家に戻るから。ソウン、後のことはよろしく」

「分かりました。こちらこそ、ルルナさんをよろしくお願いします」

「ええ。ルルナ、おいで。帰るわよ」


 ヒシアが伸ばした両腕に、ルルナはおずおずと近づいた。ヒシアはルルナをひょいっと抱き上げた。

 ──温かい。

 ヒシアの思いやり深さと、己の居場所が定まった安心感で、ルルナは涙を一粒だけ、ひっそりと流した。

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