第2話 その2

人生のなかで感情を抑えられないほどブチギレるのは、そうそうないのではないだろうか。考えて意識して言葉を発するのではなく、怒りで言葉が溢れてくる。そんな経験をわたしは数度したことがあります。

そのひとつが高校生のときでした。


あれは遠足での出来事です。なぜによりにもよって……と突っ込みたくなるのですが、高校2年の春の遠足は、ナガシマスパーランドでした。中学の卒業旅行で散々だったので、できれば避けたかったのですが、致し方ない。


バスに乗り、高速に入り、三重県へとやってきました。遊園地が近づくにつれ、バスのなかからでも遊具が見え、皆が喜ぶなか、わたしは、そのとき誓いました。バイキングには乗らないぞと。


そうしてたどり着いたナガシマスパーランド。自由行動だったため、そのときのグループの5人組で行動することになりました。


さあ、いざ遊園地へ。


平日だったため、その日はとても空いていました。ありがたいことに行動した友達は、わたしを含み4人は絶叫マシンが苦手でした。


ひゃっほーう。


これなら適当に時間を潰してればいい。ところが、約1名、絶叫マシンを乗りたいと言いだしたのです。


「これ、乗ろうよ」


彼女はパンのコルネのようにぐるぐる回るジェットコースターのウルトラツイスターを指さしました。


──無理やろう。


誰も首を縦に振りません。わたしも無理。仕方なくその子、Мさんはひとりで乗りに行きました。そんなことが何度もあり、だんだんМさんの機嫌が悪くなってきました。


折角、遊園地に来たのに……。そう思ったに違いありません。まずいな。わたしは、そう思いました。そう、場が悪くなっていたのです。


他の子たちにМさんと一緒に「乗りなよ」と進めても頑なに絶叫マシンに乗りませんでした。どうやら、絶叫マシンが苦手な子のなかでも、わたしが一番乗り物が平気だったようです。


致し方ない。


わたしは以前乗って、なんとか大丈夫だった乗り物を選びました。名前は忘れてしまいましたが、直進を凄いスピードで進み大きく頭上に縦の一回転するジェットコースターです。


わたしとМさんは、他の子が見守るなか、そのジェットコースターに乗り込み、発進するなり「ぎゃぁぁ」と悲鳴をあげました。

ところが、怖いと思っていたのに……。


──あれ。楽しい。うひゃひゃひゃひやひゃ。


それが思いのほか楽しかった。それをМさんに言うと「他にも乗ろう」と言いました。わたしは調子にノッて「いいよ」なんて言っちゃったんですよね。


あとで怒り心頭。暴言を吐きまくるなど知らずに……。


「フライングカーペットに行こう」

「なにそれ、乗ったことないや」

「そんなに怖くないよ」

「ふーん。ならいいよ」


わたしとМさんはフライングカーペットと言う乗り物に向かうことになりました。ちょうど目に入ったのは、その乗り物が終わろうとしていたところでした。


──げっ!!


「あれ、バイキングじゃない?」

「ぜんぜん、違うよ」


わたしの目に写ったのは、前後に揺れる乗り物でした。アラジンでおなじみの魔法の絨毯を再現した乗り物なのでしょうか。

空中ブランコのような動きをしていたような気がします。


「行こう」

「……うん」


やめとけばいいものを。そう思いますよね。


嫌な予感を感じながらも、バイキングほど大きな物ではないし、それに、前回の教訓をふまえて、空腹ではない。


──まっ。大丈夫でしょう。


馬鹿をみる〜。阿呆がいる〜。

昔のわたしに、そう言ってやりたいです。


昔のわたしは緊張しながらも乗り物に入りました。友達はにこにこ。周りは和やかに数人いました。


いざ行こう。極みの世界へ。


フライングカーペットは動きだしました。ビューン。はじめはゆっくりと。

そして、徐々にスピードを加速させ、空中で、ピタ。


「うぐっ」


あろうことか、フライングカーペットは大きくブランコのように前進し、途中で動きを止めたのです。そして再び、下に落ちて、ブランコのように反対へと流れ、ピタ!!


「うぐっ」


わかります。腹の中身を揺らされた挙げ句、止まることで、中身を押し出そうとする動き。吐き気がせり上がる仕組みなのです。


「なにコレ! なにコレ! なにコレ! 」


──気持ち悪くなる奴やんかぁ〜。


思うがすでに遅し。


わたしの腹の中身は上へ下へと運動を始めた。

中学の卒業旅行の再来である。


わたしは思った。


──これは神さまがわたしを試しているのだろうか? 

──この試練を乗り越えろと言っているのだろうか? 


青い空がそう語っているように思えました。神さまはときに酷い試練を与える。神様、わたしはなにか悪いことをしたでしょうか。清く、正しく、あなたさまを思い、神社のお参りは念入りに行きました。それなのに……



「──コノぉぉぉ。降ろせ、この野郎!!」


わたしはブチギレた。


ええ、過去にも先にも、これほど汚い言葉を並べたてたことはあっただろうか。

いや、無い。


「気持ち悪いんだよ。あああ、ほら、また来た。もう、マジでやめろて! 」


反対側にいる美男美女のカップルが、いきなり叫ぶわたしに驚き、わたしを見て笑った。しかし、わかってても、この怒りを抑えられない。


「ああ、やめろ。降ろせ。殺んのか。おうおうおう、キモいて!」


もはや、誰と戦っているのだろうか?

わたしはエアー人間と戦っていたのです。美男美女のカップルは我慢の限界なのか声をたてて笑っていた。


──笑ってるんじゃねーよ。 こっちは必死なんだよ。


もう、その美男美女のカップルすら憎らしくなっていく。友達は終始無言で白い目をわたしに向けていた。

他人だと思いたかったのでしょう。


ふっ。ところがどっこい。

水戸黄門のように

この紋所もんどころが入らぬか。のように、

この制服が目に入らぬか。ですよ。


どう足掻こうが、制服が同じなのだから仲間と思われるのです。


ははは。逃げられぬわ。

恥は道連れ、世の情けは、無い。


「降ろせって言ってんだろう。バーカ。あほぅ。くそったれぇぇぇ」


お前が馬鹿だ。阿呆だ。糞ったれだ。


どこぞかの古いヤンキーのように、わたしは延々とこうしてフライングカーペットが終わるまで暴言を吐き続けたのでした。


ええ、なんとか吐き気は抑えました、それだけは褒めてやろう。


しかし、終わってからの刺さるような笑いを含んだ視線。痛い。痛すぎました。


そして、なんども言いましょう。過去にも先にも、これほどの暴言は吐いたことはありません。人格を疑わないでくださいね。


ええ、まあまあまあ。フライングカーペットを降りたあとは、友達と二人、逃げるように去ったのは言うまでもありません。


わたしは誓う。もう二度とナガシマスパーランドの遊園地にはいかないぞと。わたしはそう思ったのでした。



********

誤解の無いように、ナガシマスパーランドはいいところです。個人的に絶叫マシンが苦手であって、とても素晴らしい遊園地なので、皆さん、ぜひ、遊びに行ってくださいね。

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乗り物と黒歴史 甘月鈴音 @suzu96

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