乗り物と黒歴史

甘月鈴音

第1話 その1

「ナガシマスパーランドに行こう」


あれは私が中学を卒業したばかりのできごとです。

高校生になる直前の春休みに、仲の良い部活友達と卒業記念に、日帰り旅行に行くことになりました。


わたしたち4人は卒業後バラバラの高校になります。中学最後の思い出に遊園地を楽しもう。そんな思いで、わたしたちは、にこにこ笑いながら、バスと電車を利用し、三重県にあるナガシマスパーランドにやってきました。


その日は平日でそれほど混んではいませんでした。わたしたちの中学校では卒業生は通常より早く春休みに入るからでしょう。


わたしたちは、アハハっと笑いながら競争して走り、チケットを買いに行ったのを覚えています。


「ホワイトサイクロンに乗ろう」


友達のひとりが言いました。皆が頷くなか、わたしは内心ドキドキしていました。とゆうのも、わたしは遊園地にほとんど来たことが無かったのです。


いやいや、家族とかで行ったことがあるでしょう。

と思うかもしれませんが、うちは父がそうゆうことをしない人でした。


なので実は皆揃って家族旅行なんてものを、未だにしたことがありません。とはいえ仲が悪いわけではありませんよ。

父と姉と出かけた記憶はいつも同じ水族館だけでした。


そんなわけで、遊園地。絶叫マシン。に遠縁でしたので、まず本格的な絶叫マシンが乗れるのかすら、わからなかったのです。それなのに乗ると言うのは、あの有名なホワイトサイクロン。


木製ジェットコースターで全長1715メートルの世界最大級の白く塗装されたジェットコースターです。


わたしは、緊張の面持ちでジェットコースターに乗り込みました。ガタガタとゆっくりと登りジェットコースターは落下する。


「ぎゃぁぁ」


これが思いのほか怖かった。風を切り、視界が移りゆく。くねくねとスピードをつけて進む。遠心力の力で斜めになり体が浮く。怖い。わたしは思い、左にいた友達の足に自分の足を絡ませました。


「ぎゃぁぁぁぁあああ」


その間、3分。わたしは喉が痛くなるほど声をあげた。これぞ絶叫マシン。ガタンとジェットコースターは止まる。


──うっひぃ!!やっと終わった。


ジェットコースターから降りると足腰がガタガタになっていました。


──そうか、わたしはあまり、絶叫マシンは得意でない。


そう思いましたが、友達は楽しかったようで次々と絶叫マシンを乗りたがりました。マジかぁっと思いつつ、乗りたくないとは言えず、どうしても無理そうな乗り物は断わりましたが、結構無理して付き合ったと思います。


そんなときに、あの絶叫マシンに出会ってしまったのです。

ああ、あれは本当に、謝るしか無い。

そのときのわたしは、午前11時ともあって空腹を感じていました。


知ってますか。空腹のときに乗り物に乗るのは危険だと。


わたしはそのとき、車酔いすらしたことが無かったので、知りませんでした。


走るように、友達とその乗り物まで来ました。「きゃああ」と楽しそうな甲高い声が頭上から聞こえてきます。ビューン。ビューン。と凄まじく風を切る音が響きます。そう。大きなバイキング乗り場に着いたのです。


──まっ。ジェットコースターじゃないし、前後に動くだけだから平気だよね。


わたしはそう思いました。

さあ、乗りましょう。


わたしは必死で、乗る場所をうしろは嫌だと言うと、友達は、しょうがないなぁっといった風に、ど真ん中にしてくれました。


バイキングに乗ったことがある人は知っているでしょうが、バイキングは真ん中から正面が対向になります。わたしたち4人は真ん中を陣取りました。


それほど乗るお客様はいませんでしたが、どうやら、わたしたちが乗ったバイキングの客は真ん中に固まる傾向だったようです。


なのでわたしの前にも男の人が、その隣には彼女らしい人が。そしてその隣は家族連れの人が乗り、真正面で向かい合うことになりました。


ジリリリリリリ。


さて、スタート音が流れると、ゆっくりとバイキングは動き出しました。


ビューン。ビューン。風を切り、髪がなびく。気持ちが良い。周りも楽しそうに笑っている。よし、これなら大丈夫。


ところが。


もや、もや。なんだか気持ちが悪くなってきました。

揺れが大きくなるにつれて、どんどん気持ち悪さが加速しました。わたしは限界で友達に訴えました。


「気持ちが悪い」

「えっ」


一瞬で場が凍りつきました。さきほどまで笑顔だった目の前の男の人も、隣の女の人も、その隣のおばちゃんも、その隣の娘らしい人も、わたしをじっと見ていました。痛いほどの視線を感じる。でも、揺れは、ますます、激しくなって行く。


「気持ちが悪い、吐きそう」


その言葉に、静まり返るバイキングの乗客。笑い声もなく。悲鳴もなく。ただ、風を切るビューンとゆう音だけが響いていた。


「ううっ」


わたしはえずく。すると、目の前の男の人は目をぎゅっとつぶり、ぎゅっと手すりを握りしめているのが見えました。その隣の女の人も、わたしの顔を見て青ざめてました。


「ううっ」


わたしはなんとか持ちこたえました。──が、バイキングは止まらない。


──気持ちが悪い。気持ちが悪い。気持ちが悪い。


どんどん、吐き気がすぐそこまで迫ってきていた。酸っぱさが喉の奥からせり上がる。


「吐く」

「えええ!!」

「吐く、吐く、吐く、吐く、吐く、吐く、吐く。ううっっっ」


なんとか飲み込む。友達はかなり焦ったように言います。


「下を向いてな」


──下。


ちょうどそのときのバイキングは頂天にいました。


下。友達が言うように、下を向く。すると、目の前には乗客の男の人。目が合う。すっかり怯えきったようにわたしを見てらっしゃた。


「ぐぅぅ」


わたしは、またもや、えずくが頑張り、なんとか飲み込んだ。


少し冷静になり、バイキングの奥の席まで目に入った。みんなの目線が突き刺さる。


──これは、まずい。吐いたら、ここにいる全員に、わたしのキラキラ、ゲボゲボが降りかかる。


そのことに気がつき。わたしは必死で耐えた。


「うぐぅ。へぐぅ、ぐぐぐ。へぎょううう」


変な声が響き渡る。その度に乗客の顔が強張っていた。降るか? 降るのか? その顔たちが訴えていました。


──絶対に、それだけはしてはいけない。人として……女として。若者として……。


「うぐっ。うぐっ。うぐぅぅう」


涙目になりながら、わたしは耐えた。きっとここにいる乗客も涙目になりながら耐えていたに違いをありません。


そうこうしていると、やっとバイキングは緩やかな動きへと変わって行く。わたしの吐き気も、落ち着きを取り戻してきた。


げっそりでした。


ようやくバイキングは終わりました。なぜだろうか、物凄く疲れていました。周りの人も酷く疲れている様子だった。ちらちらとわたしを皆が見ながらバイキングを降りていく。


そらそうだ。こんな、絶叫マシン、誰が乗りたかろうか。汚物が頭上から降りかかるか。降りかからないか。怖すぎますよね。


──なんてことでしょう。


ビフォーアフター。

ビフォー。悲鳴をあげながらも、笑いながらストレス発させる、絶叫マシン。


アフター。悲鳴もあげられないほど、恐怖を味わえる、絶恐マシン。


誰がそうな ぜっきょう 違いの乗り物を喜ぶか!!

いるわけねーだろう。

絶叫違いにもほどがある。


教訓。空腹時に乗り物に乗るな。吐いちゃうぞ。

二度とこんな過ちはしないぞ。あのときの乗客の皆様。まっこと、恐怖の絶叫マシンにして、すみませんでした。

そう思い。ずっと心のなかで謝り続けているのでした。

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