さよなら、私の物語への応援コメント
はじめまして。コメント失礼します。
作家ならみんな共感できるお話でしょうね……。
自分はまだはじめたばかりですが、数年先には同じような想いを抱いているかもしれません。
挑戦を諦めることは苦しいことですが、認められないままずっと続けることも苦しいことでしょう。
自分の人生、どこかで諦めなければいけない瞬間が来るのかもしれません。
深いお話でした。
作者からの返信
片月いちさま
こんばんは。
素敵なコメント、ありがとうございました。
このような場所で物語を描くということは、私たちはみとめられたい、評価されたいとの想いを持っているはず。
辛さ、苦しさを越えて、みんな、満ち足りて自分の世界を世に問えることができればよいのですが。
さよなら、私の物語への応援コメント
これは私です。
間違いなく──。
いえ、私などよりずっと素晴らしい物書き……そして人間です。
同じ時間の長さを過ごした身であったなら、きっと私は、炎を前に投げ入れることができず……きっとまたしがみつくだろうと思います。
回り道だったかもしれない、辛い道程だったかもしれない。それでも彼は、決断できたんですから。
私がこの境地にたどり着ける日は来るのだろうか──、胸に刺さった痛みを、導としたいと思います✨
作者からの返信
天川さま
おはようございます。
コメント、ありがとうごいざます。
自分の頭の中、心の中を描くという行為に、なぜ私たちはこんなにも夢中になるのでしょうか。
回り道も、行き止まりも、すべて苦しくて愛おしいすべてのカクヨムユーザーに幸あれ、です。
編集済
さよなら、私の物語への応援コメント
興味深い内容でした。
僕は、19歳の時、自分の凡庸さを思い知らされるきっかけがありました。
ですので、カクヨム3年目ですが、コンテストの受賞は諦めています。
中間突破!中間突破が、僕にとっての受賞なんです。それだけで嬉しいです。
僕は小学5年生から小説を書いていました。中学から応募を開始しました。
小説現代の“星新一のショートショートコンテスト”に毎月応募していました。
予選通過者として名前は残るのですが、入選はしませんでした。
小説現代の“和田誠の1コマ漫画”では常連入選者でした。
でも、僕がなりたかったのは小説家で、漫画家ではありませんでした。
大人になって、仕事が忙しくて書けなくなって、でもライターにはなれました。でも、ライターと小説家は違いました。で、今も小説家になれていません。
僕は自分が小説家になれるとは思っていません。ですが、無理だからといって何もしないのは嫌なんです。ですから、書いています。書くって楽しいですよね?楽しいから書く、そういうノリではダメなのでしょうか?
衞藤萬里先生の作品、もっと読みたいです。
長文、失礼しました。
(^^)
作者からの返信
崔 梨遙さま
こんばんは。
コメント、ありがとうございます。
投稿歴となかななの成果、感服します。
物語は、私たちが生きるためには、決して必要な物じゃない。
それでも空想の世界を描こうとするのは、なぜなんだろうと、いつも不思議に思います。
読む楽しさと同じくらい、きっと書く楽しさもあるのでしょう。
きっとそう思います(仕事にしたら、大変なんでしょうが……)。
さよなら、私の物語への応援コメント
あなたが書かれた内容を読んで、かなり共感できると思いました。
本来、「小説」や「書籍」というのは、歴史的にも経済学的にも、供給が需要を牽引するような次元であるのが正常な状況だと個人的に判断しますが、最近では大多数の著者が創作する作品が需要にのみ最適化された形で行われているのが現実です。
時流や流行に便乗しなければ淘汰されてしまう現実が続くのであれば、創作や作品の世界における発展も期待できないと考えています。
そういう意味で、現状に対する変革は需要者ではなく供給者が様々な角度から総合的に検討したり、需要を牽引する方法を模索したりすることが必要かもしれません。
作者からの返信
ThinkingExperimenterさま
こんばんは。
コメントいただき、ありがとうございました。
おそらく、カクヨム書き手の多くが供給者であることを望んでおり、それが最終的には商業的に、と思っているでしょうが、当たり前ですが、全員がそうなれることはないです。
その狭間の苦悩や悔しさは、途方もないものです。
書き手の皆さんに、安らぎがりますように。
さよなら、私の物語への応援コメント
長き挑戦ロード、私には、それだけで価値があるような気がしています。
誰に評価されることはなくても、それは決して誰にも手出ししてはいけない高尚で静謐な宝物だったのではないでしょうか。
作者様のその挑戦と苦悩があったからこそ、書けたエッセイだとも思いますし。
小説って何なんでしょうね。
誰かのために書かれた物語であったり、自分のために書いた物語でもあったり、他人から評価されるものであったり……正解なんて、ないのかもしれないですけどね。
カクヨムの書き手から見れば、最高に共感を呼べる黒歴史だと思いました。
作者からの返信
風雅ありすさま
こんばんは。
コメントいただき、ありがとうございます。
妄想だったり、想像だったり、自分の頭の中の何かを以て世に問う行為、それだけのために、どれだけの人たちが苦悩してきたんだろうと、カクヨムの書き手諸氏にはきっと、心当たりがある(かな?)のではないかと思います。
どうか私も含めて、皆さんに素敵な創作体験が送れますように。
さよなら、私の物語への応援コメント
我が家には薪ストーブがなかったので、僕は、一万枚以上の原稿用紙を四千五百円のシュレッダを購入し、一週間かかって処分しました。シュレッダーはモーターが焼き切れて昇天。処分にかかった費用四千五百円が、今でも心残りです。「さようなら、私の物語」、身につまされました。
シナリオライター・映画監督を志望していた頃、尊敬する新藤兼人監督に話をきいてもらったことがあります。「作品を人に見せる前に、すくなくとも柳行李いっぱいの捨てシナリオを書かないと……」が、監督のアドバイスでした。古道具屋で、なるべく小さい柳行李を買ってきて、そのアドバイスを実行しました。柳行李十分の一で、挫折。
とある公募で最終選考に残った時、審査員の藤本義一先生から、直接、電話を頂きました。 「あんさんの小説、わし的には一番おもろかったけど、こんなエッチなもん、新聞主催のコンテストに出したらあかんで。次は、あたりさわりのない小説を書いて出しなはれ。わし、推薦したる」 次はありませんでした。公募が終了したのです。
宮本輝先生からのアドバイス……「この国に才能のある作家なんか一人もおらん。質より量や。しょうもない小説を、百本でも二百本でも、ぎょうさん書くんや。そしたら、一本くらい、まともなもんが出来上がるやろ」
「先生は何本目で芥川賞を受賞したんですか?」「五本目……やったかな……」
大学時代の恩師……「文豪といわれ人々の称賛を得ても、どうせ死んだら、水の泡なんだぜ。君の書いた物語が、たとえ一人でも幸せにするのだとすれば、それで大儲けじゃないか」「僕の物語で幸せになる人なんかいますかね」「君の目の前に、ひとりいるよ」 僕は声を挙げて泣いてしまいました。
読者にも公募の審査員にも迎合せずに、自分の好きな物語を書いて、誰かひとりでも、笑わせたり、泣かせたり、(ひどい駄作だなと)呆れさせたり……それが、できたら、僕は幸せです。公募で受賞して、賞金で美味しいものが食べられたら、現在無職の僕は、もっと幸せですけど。
「一本の脚本も採用されなかったし、一冊の本もだせなかったぜ。ざまあみろ」と自虐的居直り笑いをして死ねたら面白かろうと思う今日この頃です。
おいらの『木組みの宇宙船』、読んでくれて、おまけにレビューまで頂戴して、ありがとうよ。恩に着るぜ。
作者からの返信
Mondyon Nohant 紋屋アノンさま
こんにちは。
拙作に、このような素敵なコメントをいただき、ありがとうございます。
錚々たるご経歴、感服いたします。
何の因果化か、うん、自分の物語を世に……などという衝動に突き動かされてしまった我々カクヨム勢、あぁ、救われる日が訪れるのであろうか……
もはやこのコメント自体が、一片の物語という……
本当に、ありがとうございました。