ぼくらはいつも隣で。

@Soltmusubi-san

第1話

突然だが、僕らの隣には常に「死」がいる。

いる、というのは表現の誤りではない。「ある」ではない。「居る」のだ。

彼らは常に僕らを見ている。彼らはいつでも僕らを終わらせられる。「死」そのものである。

僕には「死」が見える。「死」は僕のクラスメイト、家族、友達にもいる。

「死」は「死神」とは違う。概念なのだ。

「死神」をあの世からの使者とするならば、「死」は「死」そのものであり、人によってその概念は異なる。例えば母親の「死」は黒いドーナツのような形をしている。車のタイヤだろう。先程見た交通事故死のニュースが母親の「死」の概念に影響したのだろう。父親の「死」も同じく車のタイヤだ。僕もはじめは「死因」を表しているのではないかと心配したが、そんなことはない。


数日前に屋上から飛び降りた生徒がいた。

彼女の隣の「死」は女神のようだった。

彼女にとって「死」は救済。とっくに覚悟は出来ていたのだ。靴を揃え、着ていたカーディガンを脱ぎ、丁寧に畳む。

それでも、彼女が飛び降りようとした時、彼女は足をふるわせた。屋上から落ちていった雫は音も立てずに散った。それは、彼女の未来を暗示しているようだった。

「怖いか?」

彼女の死の直前、女神のように優しくおおらかな「死」は突如牙を剥き出しにして、鬼のような形相のまま彼女の背中に手を置く。そして、トン、とやけに優しく彼女の死を後押しした。

「ほら、早く」

次の瞬間、バチイン、と聞いたこともないような甲高い破裂音がした。人の命が、今、終わったのだ。僕は生まれて初めて、心の底からの恐怖を感じた。

しかし僕は彼女のことを知らないし、特に興味もない。

死んだことに関しては、いきなりすぎて脳がついていかないのか、今は特に何も感じない。僕が今怖いのは、彼女の背中を押したあいつだ。

今思えば、僕に「死」が見えるようになったのはあの時からだった。

それから少しして、学校中に噂が広まった。

自殺に見せかけた殺人なんじゃないか、彼女は虐められていたのではないか、と様々な憶測が行き交った。実際に見てしまった人の気も知らないで、呑気なものだ。

先程までに感じていた恐怖は段々と罪悪感に変わっていく。僕は、あの時黙って見ているだけだった自分を恥じた。あの日、偶然にも屋上に立ち寄ってしまった自分の不運を憎んだ。

次の日に僕は学校を休んだ。

でも、「『死』が視える」なんて事を言ったら確実にバカにされる。

断言しよう、僕は確かに年頃の男子だが、あれは妄想などではないのだ。

誰にもこの気持ちを吐き出せないままでいた。

苦しくて、辛くて、とにかく怖くて、気づいたら僕は眠ってしまっていた。


その日の夢には、あの女神がでてきた。

「――私が視えるか?」

僕はその質問に沈黙で返した。女神の「死」は僕を一瞥すると、直ぐに消えてしまった。

しばらくして現れた別の「死」はカラスのような化け物で、僕を見てこう言った。

「これからよろしくナ、いチのきしオん」

檪紫苑。このカラスは確かにそう言った。こいつ、僕の名前を知っているんだ。少なくともこいつは、僕に話しかけてきている。

待て、これは本当に夢なのか?と、そんな考えが頭をよぎった。途端に恐ろしくなり、僕はどこへともなく逃げ出した。

「無駄だヨ、イチのキ。」カラスは僕の前に回り、少し自慢げに語る。

「教えテやるよ、歴史に名ヲ刻もうが、世界中の人ニ崇められようガ、人が人デある限り――」

「『死』ハ平等ニ訪レる」

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