2 創瑛

 長袖のカッターシャツに芥子からし色のベスト、胸元には黒色のリボン。膝を通り越しふくらはぎまで隠す紺色のスカート。

 間違いない。


創瑛そうえい学院‼」


 音華おとかに比べひとまわり小さな女子生徒は一瞬びっくりしたように体を震わせたが、すぐに顔を緩めた。

「はい。今から入学式です。あなたも?」

「うん! 私、城田音華。良かったら学校まで一緒に行かない?」

「いいですよ、行きましょう。あたしはにのまえ恋万智こまちって言います」

「恋万智ちゃん! こまち、って、綺麗な名前」

 

 恋万智と名乗った彼女は、音華より背丈が小さいにも関わらず、異様な雰囲気と存在感を放っていた。

 一糸の乱れも許さないと言ったようにきつく結ばれたシニヨンと、吊り上がった眉を恥じらいもなくさらけ出したオールバックの髪形。大きな目と、指でなぞりたくなるような鼻筋。長い首。美しい姿勢。

 全てが、彼女の存在を世界に知らしめているようだ。


「恋万智ちゃんって、演劇科だよね」

「そっ、そうです! なんでわかったんですか」

「だって、なんていうか、その……オーラがあるから」

 音華がそう言うと、恋万智の顔はわかりやすく輝いた。


「ほんとう⁉ あたし、小さな頃からクラシックバレエとジャズダンスを習っているの。そんなことを言ってもらえるなんてすごく嬉しい。……でも音華ちゃんだって、とっても生き生きしてる。演劇科の仲間だって、すぐにわかったよ」

 照れ隠しのように恋万智の口から出た褒め言葉が、音華は素直に嬉しかった。


「大正解だよ。えへへ、ありがとう」

「……あたし、顔がきついでしょ?」

 恋万智は足を止めて音華に顔を近づけた。

 大きくて黒い二つの瞳が、こちらをジッと見ている。

 しかしすぐに恥ずかしそうに顔を逸らし、恋万智は何事もなかったかのように再び歩き始めた。

「だから友達もなかなかできなくて……。でも、音華ちゃんのおかげで楽しい高校生活が送れそう」

「ほんと!? 嬉しいなあ」

 笑い合った二人の背中を押すように、桜の花を混ぜた風が柔らかくふいた。


「音華ちゃん、さっき『始まる‼』って言ってたよね。あれ、一体何?」

 音華は思い出した。そうだ、この会話は、音華の独り言を恋万智が拾ったことから始まったのだ。

「こ、心の中で言ったつもりだったんだけど……えへへ、入学が楽しみで、抑えきれなくて」

 音華がそう言うと、恋万智はふっと笑った。

「音華ちゃん、面白い。やっぱり話しかけて正解だった」


 散歩をする老人夫婦、鼻歌を歌う自転車に乗った大学生、スマホを片手に辺りを見渡す観光客。

 多種多様の人が行き交っていた道は、イギリスの大学を思わせるような建物に近づくにつれて、いつの間にか創瑛の制服とスーツで埋め尽くされていた。

「校舎、やっぱりすごい」

「ほんと。あたしたち、これからここに毎日通うんだよ」

「わぁ……!」

 綻んだ顔は落ち着くことを知らず、目に映るものすべてが直に心臓を高鳴らせに来る。


「はい、チーズ!」

 

 『創瑛学院入学式』。

 人の手で書かれた立て看板と共に、幸せな笑顔が二つ。

 城田音華の高校生活は、アクセル全開で始まった。

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