180: Side Real

 私はあかね。今、猛烈に後悔している。

 なんでこんなことに……


 OLしていた時に、合コンで知り合った雅人まさと

 何となくいい男風だったので積極的に迫った。

 実家暮らしのサラリーマンで、趣味は車。

 車の名前を言っていたけど、外車かな?

 だったら給料も良いだろうし、貯金もたんまりあるんじゃない?

 とりあえず連絡先を交換。

 ついに優良物件ゲットか!?


 が、その後調子に乗って泥酔し、気がついたらホテル。

 隣に雅人がいたが、まったく記憶がない。


「全然反応なかったけど、気持ち良かった?」


 クソみたいな言葉を吐いた雅人を思いっきり引っ叩いてやった。

 この時点で嫌な予感がし始めていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 二ヶ月後――


「あの日が来ない……」


 真っ青になって妊娠検査薬で確認。

『母親になりました。おめでとう!』と妊娠検査薬に公認してもらう。

 すぐに雅人へ連絡して、直接顔を会わせて話をすることになった。


「子どもができたの」

「えっ? オレじゃないでしょ?」

「アナタ以外いないんだけど」

「えぇ……オ、オレは、ど、どうすればいいの?」


 何言ってんだ、コイツ。


「責任取ってよ」

「い、いや、無理だよ。さっさと堕ろしてよ」


 クソみたいな言葉を吐いた雅人を思いっきり引っ叩いてやった。


「そんなかんたんなもんじゃないのよ! 私やお腹の命を何だと思ってんのよ!」


 私はもう両親が他界している。

 すぐに実家へ連絡させて、今週末挨拶へ行くことになった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 週末、雅人の家――


 家の駐車スペースに、何か羽根とかがゴテゴテついた紫色の下品な車が止まっていた。何これ、暴走族の車? 嫌な予感がする私。


 家に伺うと、とても優しそうな雅人のご両親が迎えてくれた。

 しかし、居間に通されるも、雅人は下を向いて何も言わない。

 どうしようもねぇな、コイツ。

 仕方ないので、私から現状について説明をして、結婚することを許してほしいと話をした。

 私の話に驚くご両親。


「結婚って……雅人、お前貯金とかあるのか?」


 へっ?


「……ない」


 父親からの問いと、その返答に驚く私。

 ウソでしょ? アンタ三十過ぎてて、実家暮らしなんでしょ?


 ご両親から詳しく話を聞くと、家にも一銭も入れておらず、給料はすべてあの紫色の暴走族の車の改造につぎ込んでいるらしい。

 いや、車の改造が悪いとは言わない。そういう楽しみ方をしているひとは大勢いるし、私が勤めている会社にもいる。でも、みんなコツコツお金を貯めたり、生活に影響の出ない範囲で楽しんでいるのだ。


「茜さん、申し訳ございません……」

「……いえ、彼はもう大人ですので、ご両親が頭を下げるのは違うと思います」


 泣きながら頭を下げる母親。

 私がそこまで言っても、下を向いたまま何も言わない雅人。


「あの車、結婚生活に必要ないよね?」


 雅人はビクッと身体を震わせた。


「あ、あれはオレのすべてだ! 相棒がいないなんて――」


 バンッ


 居間のテーブルに手を叩きつける私。


「アンタの相棒は私になるのよ! アンタがお金をかけるのは、このお腹の子どもなの! いい加減目を覚ませ!」

「オレが望んだわけじゃない! 子どもなんていらな――」


 最後まで言い終わる前に、思いっきり引っ叩いてやった。

 吹っ飛んだ先で、父親に馬乗りになられてボコボコに殴られる雅人。


「じゃあ、認知して! そして、養育費を一括で支払って! 一千五百万!」

「あ、茜さん、それはこの家を売ってでも――」


 私は手を向けて、母親の言葉を遮った。


「決めなさい! 親に最後の最後まで迷惑をかけ続けて、あの車に乗り続けるのか! それとも、気持ちを180度変えて生き方を改めるのか! さぁ、どうする!」


 私の叫びにうなだれる雅人。


「雅人、あなたは父親になるのよ。車にしか興味を向けない父親の背中を自分の子どもに見せるつもり?」


 母親の言葉で目が覚めたのか、雅人の目に涙が浮かぶ。

 雅人が望んでいないように、私だってアンタは嫌だ。でも、こうなった以上は前向きに進んでいくしかない。


 結局雅人は車を売却して、私と結婚することを承諾した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 とりあえず私の部屋で同棲して、籍を入れることにする。

 結婚式は挙げられず、私の貯金でウェディングフォトだけ撮った。


 子どもが産まれ、生き方を180度変えると意気込んでいた雅人。『オレの新しい180ワンエイティだ!』なんて言っていた。だから、私も育児をしながら、精一杯彼をサポートするように努めた。


 それから数ヶ月、今はそんな素振りもなく、私に聞こえるように愚痴を溢している。


「こんなはずじゃなかった」


 私のセリフだ。


「あの時、お前とヤらなきゃ良かった」


 意識の無かった私を犯したヤツの言うセリフか?


「オレはあの峠の王者だったのに」


 お前三十代半ばだよな。そんなにお山の大将になりたいのか?


「もう別れたい」


 雅人、アンタは何にも分かってない。


 私は雅人と暮らすようになってから毎日日記をつけている。

 言われた愚痴や言葉、取られた態度、全部記録しているのだ。


 私は、結婚前に勤めていた会社から再就職の誘いを受けているし、IT系の資格をいくつも持っているので、すぐにでも復職できるスキルがある。


 雅人が生き方を変えられないようであれば、雅人有責で離婚だ。裁判を起こしたっていい。私には貯金もまだあるし、まったく困らない。

 給与を差し押さえて、搾り取れるだけ搾り取ってやる。今度は容赦しない。実家も売り払う羽目になるだろうね。

 その時に態度を180度変えても、もう遅い。


 雅人、アンタはずっと『180』を抱えている。

 その『180』とどう向き合って、どうしていくのか。

 残された時間が少ないことに、早く気付くといいわね。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

180 下東 良雄 @Helianthus

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ