180

下東 良雄

180: Side Roman

 オレは雅人まさと

 ある峠ではちょっと名の知れた走り屋だ。

 相棒であるミッドナイトパープルの180SXワンエイティ(日産ワンエイティ、リトラクタブルヘッドライトが特徴的な国産車)を駆って夜の峠を疾走していた。オレの走りには誰もついてこれない。ある一台を除いては、だが。


 でも、それも終わりだ。

 オレに家族が出来たからだ。

 車は売却することになる。


 手塩にかけてチューニング(性能向上のために車を改造すること)してきたオレの180SXワンエイティ。ピークパワーは300馬力前後だが、トルク重視(加速重視)のセッティングを施し、ドッグファイトに特化した仕様だ。堂々と街を走りたくて公認車検も取った。まぁ、車検取得後に車高落としたりしてるけどな。


 そんなオレの腕と相棒を持ってしても撃墜できなかった長野ナンバーの黒いランタボ(三菱ランサーターボ)。ランエボじゃない。ランタボだ。オレの180SXワンエイティも古い車だが、ランタボなんて骨董品とも言える車だ。そんな車がバケモノのように速い。何度も挑んだ。でも、数少ないストレートで追いついても、コーナーが続けばそのテールランプは離れていった。どんなヤツが駆っているのか分からない。オレは、その背中を追い越すだけのスキルを持っていないのかと、バトルする度に悔し涙を飲んでいた。


 そんな時だった――


「子どもができたの」


 ――彼女からの一言。それはオレの走り屋人生が、そしてオレの青春が終わりを告げた瞬間だった。


 オレは潔く走りをやめることを決断。車を売却することにした。

 散々走り込んで、改造され続けてきた180SXワンエイティに値段はつかなかった。オレの相棒の価値は、オレにしか分からない。それでいい。


「それでは、車をお預かりいたします」


 180SXワンエイティとの別れの朝。

 買取業者が運転席に座り、キーを回す。

 住宅地に野太く轟くエキゾースト排気音ノート。

 ゆっくりと走り出す180SXワンエイティ


 オレは遠ざかっていく180SXワンエイティのテールランプを見続けていた。


 ありがとう、180SXワンエイティ

 またいつか。


 さぁ、オレの新しい人生の幕開けだ!

 彼女と子どもを大切にしなきゃな。

 後ろを振り向いているヒマなんてない。

 父親として頑張るぞ!



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