第42話 仕事を教えず後輩に私を追い抜かせた上司

まだ大学生だった1996年、私は『村さ来』という居酒屋でバイトを始めた。

当時より見るからにネクラそうだった私は接客にはふさわしくないと見抜かれ、厨房で調理を担当することになる。


実は願ったりかなったりだった。

その当時何となくコックや板前みたいな世界にあこがれており、まさか自分が色々な料理を作れるバイトができるとは思っていなかったからだ。

未知の世界への冒険に私の心は踊った。

私は物覚えは悪かったが、新しいことを学ぶのが大好きだったのだ。


私が担当することになったのは「揚げ場」という唐揚げなどの揚げ物を調理する所であった。

『村さ来』の厨房には「揚げ場」の他に焼鳥などを焼く「焼き場」、炒め物専門の「煽り場」、そして刺身などをさばく「板場」がある。

各々の「場」は固定ではなく、一つの「場」の業務に習熟したら他の「場」を教えてもらえるため、慣れた者は全ての「場」をこなすことができた。


揚げ物だけじゃなく、炒め物やお造りもできるようになりたいものだ。

始めたばかりだったころはあと何か月もしたら他の場所を教えてもらえ、最終的にはオムレツも作れて魚も三枚におろせるようになることだろうと思っていた。


ところがである。


三か月くらいたっても私は「揚げ場」のままだった。

そりゃな、自分でも不器用で覚えが悪いのが分かってるから仕方ないよな。

何度も「唐揚げ揚げ過ぎだ!」とか怒られたもんな。


しかしさらに三か月たっても「揚げ場」固定だった。

これはさすがにおかしい。

だって、私と同じくらいに入って「焼き場」やってた田中って奴は今「煽り場」メインでやってて、この前「揚げ場」教えたぞ。


さらに三か月、何か月か前に新人で入ってきて私が「揚げ場」を教えた大学一年生の榎本は「板場」をやって刺し盛りを作っている。

私は「揚げ場」のままだ。

おまけに榎本の野郎はバイト先の先輩であり、他大学とはいえ三年生でもある私に対して不遜になってきた。

歴だけ長くて使えない野郎に敬語は使えんってか?

奴がド新人だった時えらそうな態度取った私も悪いのか?


でも、榎本だけじゃなく、厨房の他の奴らも何となく私を小馬鹿にしていた気がするのは、私が「揚げ場」以外やらせてもらえないからじゃないのか?

どう見たって使えない奴見え見えだもの。


私は厨房の責任者であるマネージャーの庄野に他の「場」を教えてくれるように直訴した。

だが庄野は「おまえすぐポカやるもん」とか言って相手にしてくれず、店長の西岡に至っては「板場やったら手切りそうだし、煽り場やったら火事起こしそうだもん」とか笑ってたが、こっちはちっとも笑えない。


さらに庄野は営業が明けた後みんなで飲んだ時、「田中と伊東がうちの成長株だ」と話した後、「お前は後から入った伊東にも榎本にも抜かれとるな」と私を笑いやがったことがあった。


ふざけるな!笑いながら言うことか!

あからさますぎるじゃないか!

九か月もやってるから、こっちだってさすがに「揚げ場」に慣れて、クレームだってもうない。

なのに、お前が仕事教えないからじゃないか!

絶対わざとやっている!

おかげでオレは榎本だけじゃなく田中とか伊東とか厨房じゅうの奴らにバカにされてんだぞ!


私はそれから根気強く四か月続け、一年と一か月で「村さ来」を辞めた。

そして結局私は「揚げ場」以外はやらせてもらえず、それ以降飲食店で働いたことはない。


あれから二十数年経って私はいろいろな職場を経験したが、物覚えがいくら悪い私が相手だったとしても、こんなにあからさまに仕事を教えないという仕打ちをしてきた職場はなかった。

あんまりすぎる!


『村さ来』での経験は、いやがらせにより得られるはずのものが得られなかった青春時代の非常に悔しい思い出の一つであり、当然今でも頭にきている。






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