第33話 ボーダーライン低身長の苦悩2

169cmというボーダーライン低身長の私だが、実は170cmであることになっている。

時々171cmになる時もある。

書類の上では。


どういうことかと言うと、健康診断で身長を測る時はいつも背伸びをするからである。

高校三年生の頃、前年より身長の伸びが停滞し始め、高身長どころか中肉中背への前途すら絶たれることに危機感を感じてから無意識にそうするようになった。

微妙につま先に力を込めるのがコツで、今までバレたことは一度もない。


中肉中背の地位を死守するためなら、私は手段を選ばないのだ。

だから今でも健康診断では血圧や尿酸値、肝臓の数値より身長を測る時の方が緊張する。


だが、昨年の健康診断ではしくじって腰を曲げた状態で測定されてしまい、167cmというショッキングな結果が出たが、身長が3cmも縮んだと健診スタッフの間で大騒ぎになって測り直しとなったため、事なきを得た。

とりあえずは170cmとして胸を張って一年を送ることができている。


当然私は自分の身長を聴かれた場合は170cmと堂々答えているが、自分とそう変わらない身長の相手には正直に169cmくらいと告白せざるを得ない。

それくらいの身長の相手だと、私が170cmであることに疑念を感じる確率が高いからだ。


ちゃんと測定したら169cmにも達していないかもしれないが、

これ以上みじめになりたくないので妥協はしない。


「身長で人間の価値は決まらない。身長にこだわるなんてくだらないぞ」


低身長の悩みが今よりはるかに顕著だった思春期によく父に言われたことである。

だがその父は172cmと身長がそこそこあるから、説得力がないったらありゃしない。


「人間大きけりゃいいってもんじゃないの!ウドの大木って言葉もあるでしょうが!」


そう言う母は低身長であるが、強がりにしか聞こえなかった。

母も低身長であることを全く気にしていないわけではなかったからだ。


第一、女が低身長であることよりも、男が低身長であることの方が問題は深刻なのだ。

ていうか、この人の遺伝子が悪いんじゃないの?


それとも、成長期に背を伸ばすために有効なことをしなかった私の自己責任?

成長期に身長を伸ばすサプリメントが世の中にはあるらしいが、私も中学の頃飲んでおけばよかった。


二人ともそろって「大人になればそんなこと気にならなくなる」と言っていたもんだが、大人になって久しい今でもそこそこ気にしている。


背が高いことはいいことだ、というのが人類共通の認識であるのは事実だし、私自身、身長が低いことによるメリットは飛行機のエコノミーに座った時くらいしか感じたことはない(もっともその際はもっと低くてもよかったと思う)。


身長170cm以上が死ぬ病気が流行してくれないだろうか、とすら考えたこともある。

そうすれば平均身長も下がって私も晴れて大柄だからな。


私にとってはかように根が深い問題なのだ。


身長以上に人間の器が小さいことの方がより問題だと自分では分かっているが、もはやこの人生において背が伸びることも、170cm以上が死ぬ病気が流行することもない以上、私はこの身長のまま生きて行かざるを得ない。


今度生まれるならば、多くは望まない。


ロックフェラー一族やブルネイの王族に生まれなくてもいい。


どこの国のどんな家庭でも、いや、人間でなくてもいいからせめて平均以上に大きい個体に生まれたい。

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