第32話 ボーダーライン低身長の苦悩
私は低身長、小男である。
五十近くになったこの歳になってもこの事実はシャクであり、外へ出て街を歩く際は周りより少しでも大きく見せようと胸を張りがちだし、「体が小さい」とか「小柄」という言葉を使うのも使われるのも嫌いだ。
「大きいことはいいことだ」と本気で思うし、自分が大柄だったら人生は今よりずっと楽しかったはずだと信じている。
これまでの人生、特に前半生において低身長による不利益を大いにこうむってきた記憶がそうさせるのか、私は自分より身長の高い者に囲まれると自らの不幸な境遇を嘆くし、逆に低い者といると心安らぎ尊大ですらありがちだ。
みみっちいことこの上ないけど。
私の身長は169cmである。
別に気にするほど小さくはないし普通だろう、と思われるかもしれない。
だが、日本人男性の平均身長である171cmに達していない以上低身長であることに変わりはない。
2cm足りなかっただけで私は小男の烙印を押されているのは事実なのだ。
たった2cmだぞ、2cm!
その上方向2cm先が私にとっては、見えてはいるけど決して達することのできない何光年も先の太陽系外の星々のようにすら思えるのだ。
百歩譲って平均身長の171cmに達しなかったとしても、せめて170cmは欲しかった。
考えてもみよ。
170cm台に達していないだけで一挙に小柄感が増す。
170cmと169cmだと、1cm違うだけで169cmはより低い気がしないか?
178cmと172cmを比べてもあまり差があるように思えないのは私だけ?
同じく低身長に悩む同志が身近にいて、その男は身長163cmなのだが、「それだけ身長があればまだマシだろう」と言う。
違うのだ。
163cm男は私の方が6cm高い分、単純に低身長の悩みは自分より6cm分少ないと考えているようだが、平均身長に大きく届かないのと、あとちょっとで届かないのとでは悔しさの種類が違う。
欲しいものが「絶対に手に入らない」より、「あとちょっとで手に入らなかった」方が悔しくないだろうか?
同じ低身長でも、“真”低身長と“ボーダーライン”低身長とは温度差があるのだ。
くだんの163cm男だが、「1cmでいいから分けてくれ」とせがんできたことが何度かあった。
金を払ってもいい、とまで言ったこともある。
バカ者!
貴様も低身長ならわかるだろう?
我々にとっての1cmがどれだけの価値か!
188cmくらいの奴に頼めよ。
きっと気前よく分けてくれるか、無料ではなかったとしても私から買うよりずっと安いはずだ。
たとえ金に困って売ったとしても、私は1cm2000万円未満で売却に応じる気はない。
そして、5cm以上は絶対に売らない。
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