第19話 幸福はどこへ行った?

高校の卒業式で言われたことを今でも覚えている。


「最悪の不幸は他人の幸福をねたむことである」


この言葉が正しければ、私はずっと不幸のどん底にいる。


ではその幸福とは何か?

その定義は人それぞれなんだろうが、私の定義する幸福の基準とは人並みかそれ以上であることである。

自分の年齢と同じくらいの者や周りと比べて平均的な暮らしをしているということだ。

その定義から言えば、職も一定の財産も持ち家も妻子もない49歳の私は幸福な人生を送っていることには該当しない。


「幸福だと思えば幸福なのだ。不幸だと思えば不幸なのだ」とのたまう奴がいる。

こんなこと言われると自分の苦悩を軽く見られた気がして腹が立つ。

自分を幸福だと思い込ませるってことは自分に麻酔をかけるってことだ。

だがその麻酔が効かないほどの痛みを感じているのだ。

だいたい金も職も家族もない私が自分は幸福だと感じてたら逆にヤバいだろう。


あと「幸福になろうとしなかったからだ」というのも同様だ。

幸福になるための努力を全くしなかったと決めつけられている。

私だって人並の暮らしを送ろうとしたんだ。

でもできなかったんだ。

職場を追い出されたり、そもそも働かせてもらえなかったり、低賃金でこき使われたり、まともな会社で働く機会が得られなかった。

バイトも含めれば40回以上転職したがこれでも足りないと?


一生の伴侶を見つけるためにあとどれだけ恥をかき続ければいい?

私がその方面で本気になったら逮捕されてしまうかもしれないんだぞ?


もう49歳だ。

これ以上ムダなあがきをするのはやめよう。


世の中の主流から明らかに相手にされず、否定され続けてきたから、30歳くらいの時には薄々悟っていた。

近年になってもうはっきりと分かった。


私はそもそも幸福になる能力も資格もなかったのだ。


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