第18話 拾った金をお賽銭にするのは犯罪か?
私は自分が頼りにならないからよく神に頼る。
主に頼るのは神社だ。
転職活動で面接に行く前は絶対最寄りの神社にあいさつとしてお参りに行っていたし、首尾よく合格した後の出社第一日目も絶対にその神社にお礼参りをしている。
その他何かお願いをしたい時も必ず神社でお参りするし、どこか遠出した時に現地で出くわした神社にもお参りしているのだ。
私がADHDだからなのかは自分でも分からないが、神社やそこでのお参りの際には厳格なこだわりを持っている。
例えば、私は複数の神社でお参りをすることにしているのだが、その際はポケットマネーをさいてお賽銭を投げるのが最低限の礼儀だと信ずる。
その金額は一度に1円玉か5円玉一枚だ。
何か所も周らなきゃいけないんだから、10円以上投げるわけにはいかない。
何か所も周るのはそのうち一つくらいは私の願いを聞いてくれるだろうと思うからだ。
一か所だけに何千円も払う人もいるが私に言わせれば愚の骨頂。
その神社が願いを聞いてくれるとは限らないからだ。
株とかと同じ、少額での分散投資でありリスクヘッジなのだ。
また、お参りの際は本命以外に複数の願い事をして、そのうちどれかをかなえてくれるだろうと期待している。
あと、私は路上に落ちている金は天から私への贈り物だと信じている。
その金を交番などに持っていくなんて罰当たりなことなど信心深い私にはできない。
財布とかはさすがに届けるが。
ただ、落ちている金には持ち主の怨念がこもっているとも信じているので、それを祓う必要がある。
そこで登場するのが神社だ。
神社でその金の一部をお賽銭として奉納し、お参りしながら心の中でこの金を私にくれた神様と落とし主に感謝する。
こうすることによって金から悪霊は退散し、晴れて私のものとなった金を気持ちよく使うことができるのである。
これは神聖なマネーロンダリングなのだ。
私の中では断固犯罪ではない。
今まで無数の神社でお参りをしてきたが、中でも最強と思うのが東京都千代田区外神田にある神田明神だ。
ここの霊験はハンパではない。
ここでお参りした私は三回も再就職を成功させたし、ビットコインも爆上がり。
あとヤングマガジンに投稿した漫画を入賞させてくれた。
この神社は最優良株なので特別扱い、お賽銭はいつも50円玉以上にしている。
反面、いくらお参りしてもご利益がないくせに一回でもお参りしないと必ず天罰を当てる神社もある。
それは私の実家近くにあるX神社で、私は天罰が怖いので帰省したら真っ先にお参りに行く。
これはヤクザへのみかじめ料と同じと割り切っている。
払ったからと言って必ずしもいいことがあるとは限らないが、払わないと必ず報復されるのと同じ原理だ。
これらは他人にとってはどうでもいいこだわりかもしれないが、私にとっては決して曲げられない、私という人間の精神における憲法ともいうべきものとなっているのだ。
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