2-1-4「そうして勇者ああああは勝利を確信する。」

 10分間のミーティングのあと、三人の勇者は逆天竜魔神王ファロゥマディンと対峙していた。

 クエストエリアは天空競技場コロシアムと呼ばれる特別ステージだ。一定の間隔でそびえている高い石柱以外は見渡す限り白い石床と青空が広がっている。

 本来、勇者ゲームにおいてレベル差が20以上あると勝負にならないとされている。ファロゥマディンLv.100に対し三人の勇者で一番高いヴィヴィアンでも69だ。従来通りならファロゥマディンの一方的な蹂躙で終わるだろう。

 しかし三人には勝算があった。

 心牙がファロゥマディンから20メートル程離れた正面に立つ。ファロゥマディンの地獄蠍の毒針が届かないであろうギリギリの位置(証言などを基に算出したもの)の筈だ。心牙の右後方、数歩下った位置にはピッキオーネンが、左後方の更に下った位置にはヴィヴィアンがそれぞれ陣取る。

「あれ?ファロゥマディン、お前ドラゴン形態じゃなくていいのか?」

 ファロゥマディンは普段通り高校生程の少女をベースとした姿のままだった。開始位置の20mもドラゴン形態で来ることを想定したものだ。それでも作戦に然程支障は無いハズだが。

「戦闘形態はレベル200相当である。其なれば如何に我が勇者と言えども、息付く暇無し」

「というか、ファロゥマディンはまだ制限付きなんですなー。クエスト参加の際はレベル100以下になりますなー。」

 横合いから急に解説が入った。三人の勇者にはその声は聞こえるがその姿は見えない。

「面白そうなので急遽実況・解説を務めることになった、ご存じジャジャミラ・バステットですなー。この戦いの模様は中継させて貰いますなー」

「えらく唐突な……」

 観戦している神々のものと思われる歓声が、頭と耳の片隅に響き渡る。心牙は呆れたが、四の五の言う余裕はない。本気ではないとはいえ心牙のレベルは1のままだ。レベル100とは本来戦いにすらならない。

 それでも勝算を見出したのは、心牙の神器レイガルダイン――終末神剣レーヴァテインがあるからだ。

 劫火の神器レイガルダインはその特性により、神秘も不浄も奇蹟も摂理も否定して無効化し、可能性マナに回帰させる。心牙が最初にファロゥマディンに出会った時にダメージを与えられたのも、その特性によるところが大きい。不条理バグを踏み躙る不条理、理不尽を捻じ伏せる理不尽。それを可能にするのが「劫火」であり、劫火の神器レイガルダインだ。

 ただし、レイガルダインの真価を発揮させるには心牙のとても低いマナ生成能力を補う必要がある。具体的には戦いの場で他人が生成したマナの余剰分を取り込めばよい。つまり「レイガルダインの劫火」という炎が燃えるにはマナという火種と薪が必要なのである。

 よって大まかな作戦としては、レイガルダインを警戒させて心牙がタンク役として囮になりつつ、ヴィヴィアンとピッキオーネンが心牙へのマナ供給を兼ねて攻撃をし更に隙を作り、出来た隙に心牙がレイガルダインの一撃を叩き込む……というシンプルなものとなる。

 また、懸念点としてヴィヴィアンとピッキオーネンの2人は息のあった連携を取れるが、心牙だけは初対面だから、共闘をするなら2人とは明確に違う役割にしたほうがいい、という考えもあった。

 三人はそれぞれファロゥマディンへの命令権に対するスタンスが違うが、まずは勝たなければ意味がない。だから勝つために三人の士気は高かった。

「勇者よ、親しき友に別れを、愛するものに感謝を伝え終えたたか?」

 ファロゥマディンが黒い骨だけの翼を広げて戦闘態勢に移行する。禍々しいオーラが莫大な情報圧と共に空間を歪ませんとする勢いで放たれる。

 勝算があると頭で分かっていても魔神王、魔王であり神と直接相対すればその威圧感プレッシャーは相当なものであり、勇者の勇気は揺らぎそうだった。だからこそ心牙は自らを、仲間を鼓舞するために敢えて軽口を叩いて魅せる。

「お前こそ、首から下と首から上にちゃんとお別れしておけよ」

 威圧感プレッシャーと情報圧の風に飛ばされないよう、右脚を踏み出し神器を構える。風を切るように手にして中段に構えた神器は「必勝もたらす炎の槍」という意味が込められた「第四の鍵・シグルゲイル」だ。初めてファロゥマディンと戦った時にかの角を叩き斬った、炎の装飾と長剣ロングソードが中程で折れたように途切れた特殊な形状の剣である。剣であるのにゲイルと名付けられたのは、マナを燃料に「劫火」によって生成・構成された刀身が長く伸びる様が槍を連想させるからである。

 神秘も何もかも焼き払う劫火を振り回すから、燃費こそ悪いが心牙は大番狂わせ《ジャイアントキリング》の可能性があるこの神剣を隠し玉として気に入っていた。

「貴女様への命令権、是非とも勝ち取らせて頂きますわ」

姫様プリンチピッサのためにも、世界の歪みを正させて貰う!」

 ヴィヴィアンとピッキオーネンも啖呵を切ってそれぞれの得物を構える。

「それでは、特別クエスト……開始ですなー!」

 ジャジャミラの掛け声と共にクエストがスタートする。それとほぼ同時に、ファロゥマディンが三人の視界から消える。そして一呼吸する間もなく、突然心牙の目の前に現れた。20m程の距離を一瞬で走破したのだ。

(超高速移動…!?)

 心牙は反応こそ出来たものの、対応は間に合わない。既に禍々しい暗黒を纏った地獄蠍の毒針が心牙の右脇腹まで迫っている。防御、否、可能な限り回避……

「ハッ!」

 ピッキオーネンのビームハルバートの一振りが、毒針が心牙に触れる直前にそれを叩き落とす。戦闘態勢に入ったファロゥマディンは、最早ビームハルバートの直撃程度ではかすり傷が精一杯だ。

 毒針が防がれるのを予め予測していたか、ファロゥマディンが無表情に無造作に右手の爪を振るう。か細い少女のように見える腕から繰り出されるただ真横に振り払っただけの一振りは、岩を軽々と砕き人体ならば粉微塵に粉砕する脅威の一振りだ。

 心牙は咄嗟に第四の鍵・シグルゲイルの折れた刀身の先に今生成出来るだけの精一杯の可能性マナで「劫火」の刃を発生させ、カウンターとして突き立てる。

 掌が「劫火」によって焼かれても尚、ファロゥマディンは無表情のままに右手の爪をそのまま振り払おうと力を込める。

「お下がりなさいませ!」

 心牙の首筋を掠めて日本刀型神器ソハヤノホシマルが一直線に飛ぶ。その自動車をも貫き通す鋭い突きがファロゥマディンの右眼に直撃して金属同士がぶつかるような甲高い音が響く。

「汝ら……この程度か?」

 右眼に刀が深々と突き刺さっていながらファロゥマディンは平然とした無表情を崩さない。が、心牙はその僅かに仰け反った隙に離脱に成功して体勢を立て直していた。

「おぉっと!開始5秒もしないうちに勇者は劣勢ですなー!流石はクソゲーメーカーのファロゥマディン!初手即死攻撃とは容赦ない!」

ジャジャミラの実況に応じて観客の神々から歓声ともブーイングともつかない声があがる。

「お、おい、想像以上だぞこれは。ホントに勝てるんだろうな?」

 心牙と共に一旦距離を取ったピッキオーネンが恐怖で声を震わせて作戦立案者の心牙に尋ねる。念話チャットでも彼女が怖じ気付いているのがまる分かりだった。心牙の視界の端でピッキオーネンのビームハルバートがふらふらと揺れている。

「貴女、それでもわたくしの騎士を名乗っておりますの?」

 そう言うヴィヴィアンは既にソハヤノホシマルを傍らに戻し、即座に次の行動に移れるように構えていた。当然、ファロゥマディンの右眼の傷など既に消えている。

「震えるなよ、ピッキオーネン・アッカネン」

 心牙はあえてガンドゥム11の劇中の台詞でピッキオーネンに発破をかける。

「よく見ろよアイツの右手を。「劫火」で受けた傷は残ったままだ。アイツは絶対無敵の存在じゃない」

 心牙の指摘通り、ファロゥマディンの右掌、心牙が劫火を押し付けた部分は出血こそしていないが未だ再生していない。

「様子見か、時間稼ぎか。我を怠惰にさせるでない」

 心牙たちの様子見を不服と感じたか、ファロゥマディンが再び仕掛ける。

 ファロゥマディンの背中から生えた黒い骨だけの翼が大きく羽撃くと、竜巻を横倒しにしたような衝撃波が、砂塵を巻き上げつつ轟音となりて心牙たちに襲いかかる。速度はそれ程でもないが、跳躍して飛び越えるのは不可能な高さかつ、視界いっぱいに広がる範囲だ。

「えぇーい!やらせはせん!しないぞやらせは!」

(それ初代の台詞だよな)

 心牙とヴィヴィアンの言葉が効いたのかピッキオーネンがガンドゥムの台詞を吐きながら盾を構えて二人の前に躍り出る。

「うおおおお!いったああああああああい」

 渦巻く衝撃波と衝突したピッキオーネンが絶叫する。しかしそこは加護の神器の使い手たる勇者。悲鳴を上げつつも、神の妙技から仲間を守り通すことに成功した。

 が、安堵したピッキオーネンの目の前には、無表情のファロゥマディンの顔があった。赤黒い冷たい炎の壁と共に既に迫っていたのだ。至近距離、必殺圏内、必死確定――

「俺を見ろ、ファロゥマディン!」

 ファロゥマディンが炎の壁と共に迫ることも予期していた心牙が、ピッキオーネンの肩を踏み台に高く飛んで叫ぶ。ファロゥマディンは心牙の声と姿に一瞬注意と視線を取られて結果動きが動きが止まり、ピッキオーネンへの攻撃が中断された。

「私をジャンプ台にだと!?」

 一瞬驚いたピッキオーネンであったが、スグに気を取り直し、肩の小型ミサイルランチャーから小型ミサイルを乱射する。

 小型ミサイル程度ではファロゥマディンにダメージを与えることは出来ないが、視界を一時的に奪うことなら可能だ。その小型ミサイルはマナで構成された疑似物質であり、爆裂した際に煙幕と共に周囲のマナを掻き乱すからだ。マナの乱気流は情報圧となって【真理イデア】も揺らし、神の目をも欺くことが出来る。

 そうして攪乱したところで心牙がファロゥマディンの頭上から第四の鍵シグルゲイルを自由落下とともに振り下ろす。それに気付いたファロゥマディンが即座に左手の甲を心牙に向かって振るった。不可視の衝撃波が発生し、心牙が後方に弾き飛ばされ、衝撃波により煙幕も吹き飛ばされる。ついでとばかりにピッキオーネンも後方によろめいた。

 そのまま手近なピッキオーネンに攻撃を仕掛けようとしたファロゥマディンは、自身を取り囲む無数の日本刀と半透明の忍者に気が付く。その数百余り。ヴィヴィアンの必殺技の一つ、ソハヤノホシマルとその操り手たる忍者の幻影を無数に分身させて操る「Rock You!」だ。

 ピッキオーネンのミサイル煙幕によって分身生成の隙を隠し、気が付いた時には既に手遅れ。二人が得意とする連携の一つである。ピッキオーネンがあっさりよろめいたのも相手の攻撃の隙を誘い、自分はこの飽和攻撃から逃れるためである。

 百余りの刀による斬撃が暴風雨となってファロゥマディンを襲う。並の勇者なら跡形も残らないような暴力の只中にあって、しかしてファロゥマディンはやはりいつもの無表情を崩さない。ファロゥマディンが咄嗟に展開した防護フィールドを突破出来ていないのだ。しかしそれはヴィヴィアンの予想の範囲内。

 真の狙いは、斬撃の暴風雨を隠れ蓑にした、刺突攻撃である。

 それまで表情を変えることの無かったファロゥマディンの眼が僅かばかりに開かれる。防護フィールドを突破した分身のソハヤノホシマルによる突きが、数十、様々な包囲からファロゥマディンの四肢と背中の骨の翼を刺し穿ったからだ。代わりに大技を繰り出したヴィヴィアンは、魔力を失い思わず片膝を付くほどに消耗していた。

「ほう。なかなか」

「なんとぉーーーっ!!!」

 ピッキオーネンがトドメと言わんばかりに雫を逆さまにしたような形状の盾の尖った先端部分をファロゥマディンの心の臓付近に叩きつける。元々はフェニーチェ・ガンドゥム・リベルタ(後半主役機)が最終決戦においてラストボスに対して行った変形突撃だ。ピッキオーネンは人間の勇者なので変形出来ないから、身体を真っ直ぐに伸ばしスラスターを全開にして盾先に展開した三角錐の防御フィールドを猛回転させ、ドリルとなって突撃するピッキオーネンの必殺技の一つ「愛と自由への吶喊アモーレ・リベルタ・アッサルト」だ。

 赤紫色の血液を撒き散らし、ファロゥマディンの胸が抉られていく。

 が、心臓に到達する寸前に蠍の尾の凪払いによって吹き飛ばされてしまうピッキオーネン。吹き飛ばされながらもその表情は僅かに微笑んでいた。

 ピッキオーネンの影に隠れて心牙が既に肉薄していたからだ。吹き飛ばされる方向も、スラスターによって微調整し心牙と激突しないように細心の注意を払っていた。

 心牙は既に必殺圏内。四肢も翼も傷ついて咄嗟には動かず、心臓近くまでダメージを与えたことで再生も遅れている。蠍の尾も凪払った体勢からすぐに戻すことは出来ない。

 狙うは露出した心臓。十分に劫火を発生させ、ロングソード程の長さになった「第四の鍵シグルゲイル」を突き立てればそれでいい。右足に力を込めて右手を思い切り伸ばす、それで十分。

 そうして勇者ああああ心牙は勝利を確信する。しかして勝利を確信した瞬間、心牙はファロゥマディンが笑っているのを見た。

 いや、笑っているのではない。口を大きく開けたのだ。ファロゥマディンが大きく口を開けているのを心牙は初めて見たな、と吞気に考えた。逆天竜魔神王の大口は巨大な洞窟かのように真っ暗だ。舌も歯も見当たらないが、その洞窟の奥から何かがガサリと蠢くのが見える。

 それは蠍だった。蠍の触肢ハサミがファロゥマディンの口の奥から伸びてきて、器用に心牙のシグルゲイルの劫火ではない部分を掴む。

 そんながあったのか、と驚愕で動きを止めたのが命取りだ。あっという間もなく、ファロゥマディンがその冥い口から暗黒の獄炎を吐き出す。そしてやはりあっという間に暗黒の獄炎が心牙の全身を包み込んだ。

 ヴィヴィアンもピッキオーネンも、咄嗟のことに対応することは出来ずただ勇者ああああが暗黒の獄炎に飲まれる様を呆然と見ているしかなかった。

 そして数瞬の後、暗黒の獄炎が去ったあとには……勇者ああああ心牙が建っていた。

「あぁーっと!勇者ああああはファロゥマディンの「暖かな氷獄」に囚われてしまったですなー!」

 ジャジャミラ・バステットの実況は、残された勇者二人の耳の中に酷く虚しく響き渡った。

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シン型神話物語〜レベル1のクソ雑魚ソシャゲ勇者、現代で神話を攻略する〜 独駝海栗坊 @drunibon

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