第4話 要塞都市アディール

 このまま永遠に続くかと思われた草だけの景色に、ようやく町が姿を現した。

 俺としては待ちに待った出会いなのだけど、しかし町のほうに他所者を歓迎するような素振りはまるでなかった。それは外見からも明らかで、レンガの隙間なく積まれた城壁にはネズミ返しのようなでっぱりが上部にある。

 遠方から尖って見えたのは、門の両サイドに建設された見張り塔だった。弓を携えた兵士が、矢を片手にこちらを見つめている。

 少しでも怪しい行動をすれば射抜いてやるぞ。

 おだやかでない目つきがそう言っていた。

 威圧感に押し潰されそうになりながら、幅の広い水堀に架けられた跳ね上げ橋を渡る。もうすぐ日が暮れるからだろう、周りに通行人はいなかった。

 難攻不落の城塞にたった一人で挑むような緊張感。

 ハラハラドキドキである。

 なんとか橋を渡り切った俺を待ち構えていたのは、うって変わって穏やかな門番だった。オレンジ色の夕日を反射する甲冑。腰に提げられたロングソード。槍を握った長身の男性は、にこにことフランクな笑みを浮かべて左手を上げた。


「よう! お前さん……見たことのねぇ顔だな。アディールに来るのは初めてか?」


 陽気な声に、ほっと安堵の息を吐く。

 どうやら『よそ者完全拒否!』ってわけではなさそうだ。

 城壁やら水堀やら、外観のあまりの厳つさに、てっきり門番も城塞みたいな人柄なんだろうと思っていたのが悪い早とちりだった。強張っていた表情筋をゆるめて、こちらもできるだけ穏やかな笑顔を心がける。


「ええ……そうです」

「だと思ったよ。怖かったろ、上の連中」ぴん、と人差し指で見張り塔を指す。「ひっどい顔してるぜ。まるで、ついさっきまで命を狙われていたみたいだ」

「ははは……その通りです。いつ弓を引かれるかとヒヤヒヤしましたよ」

「ガハハ! すまねぇな、あいつら普段はあんなじゃねぇんだけどよ、仕事となるとしかめっ面になっちまうらしい。おかげでこの門は『鬼門』なんて呼ばれてるよ!」


 は、ははは……。

 愛想笑いを浮かべながらこっそりと自己嫌悪に陥る。

 コミュ障すぎて何言えば良いか分からねぇ……!

 このおっちゃん陽キャすぎて辛い……!


「それでも何度か来れば慣れるからよ、しばらくは怖がりながらくぐってくれや!」

「は、はい」

「よおし! それじゃあ簡単な質問をさせてもらうぜ。お前さんは何をしにこの町に来たんだ? 見たところ手荷物がなにもねぇが……まさかとは思うけどよ、『インベントリ』持ちか?」

「町へは……あー、仕事を探しに来ました。インベントリ持ってます」


 インベントリと呟いて、宙に現れた半透明のメニュー欄から、道中で拾ったスライムの魔石を選択して取り出す。

 手のひらの上でそれを転がしてみせると、門番のおっちゃんは目を見開いた。


「おおう、冗談のつもりで言ったんだが本当に『インベントリ』持ちだったとは。こいつは驚きだ。お前さん、若いくせに中々やるなぁ」

「えっと……インベントリって珍しいんですか?」

「いんや、珍しいか珍しくないかで言うとそうでもねぇ。が、お前さんくらいの歳で持ってる奴はなかなか見ないな。ちなみに俺は持ってねぇ!」

「そうなんですか」


 おかしいな。『メテオライフ』では全てのプレイヤーがインベントリを使えていたはずだけど。この世界ではどうやら限られた人間にしか扱えないようだ。


「仕事を探しにアディールにねぇ……なんだ? 家でも追い出されたのか?」

「そんなもんです」

「はぁー、若いのに苦労してんな」


 家というか、世界から追い出されました。

 とは言えないので、曖昧に頷く。


「ってぇと、親御さんから金は持たしてもらってるか? うちの町は出入りするときに銅貨三枚の通行料が要るんだが……冒険者カードがありゃあ免除されるけど、仕事を探しに来たってことは冒険者でもないんだろ?」


 げっ。

 しまった、そうだった――通行料のことをすっかり忘れていた。

 がっくし。

 深く項垂れて、首を横に振る。


「持って……ないです……」

「そうかぁ。俺個人とちゃあ通してやりたいんだが、なにせ町の規則だからな。好き勝手に捻じ曲げるようなことはしちゃいけねぇ。こいつぁ、困ったなぁ……」

「…………」

「おいおい、そんな情けねぇ顔すんなよ」


 顔を上げるとおっちゃんは太い眉毛を困ったように下げて、後頭部に手を当てた。それから数秒、なにやら思案するように目を閉じて、フッと笑った。


「……しょうがねぇな、ここは一つ、未来ある若者に恩を売ってみるか」

「おっちゃん!?」

「今日のところはお前さんの持ってるその魔石一つで勘弁してやるよ。見たところ、そいつはスライムのだろ? それならちょうど銅貨三枚で取り引きされてる」

「あ、ありがとうございます!」

「よせやい! なぁに、言ったろ? これはあくまでも先行投資だ。余裕ができたらでいいからよ、美味い酒でも奢ってくれや」

「ぜひ!」


 ありがとう、おっちゃん!

 心優しい門番への感謝を胸に、門をくぐり抜ける。

 すると現れたのは中世ヨーロッパ風の街並みだった。慎ましい喫茶店(住宅街にぽつんと建っている個人経営の喫茶店)みたいな外観をした家々がずらりと並んでいる。通りを歩く人々もまた、景観に相応しいファンタジーな装いだ。

 レンガが敷き詰められた凹凸の少ない街道をしばらく物見気分で歩いていると、後ろから「ねえ」と声を掛けられた。

 振り返ると、頭から膝までをすっぽりとローブに覆われた人が立っている。

 腰のあたりに若干の盛り上がりがあった。帯剣しているようだ。


「あなた、この町に来るのはじめて?」

「え? あ、はい」


 しまった、きょろきょろ周りを見すぎたようだ。

 上京したての田舎っ子みたいなことをやってしまった。


「案内してあげようか」

「……え?」


 それは願ってもないことだけど……。

 見ず知らずの人間にどうしてそんなことを? ネガティブ思考の染みついた脳が、ついつい悪い想像をしてしまう。もしや右も左も分からない人間を騙して、なにかしようとしているのではなかろうか、と。

 警戒しながら口を開く。


「それはありがたいですけど……」

「なら決定。まずはどこに行きたい?」


 ぐい、と袖を引っ張られる。

 ついさっきレベルが一に上がったばかりの俺に、その手を振りほどくことは不可能だった。ぐいぐいと歩かされて、俺は『仕方なし』と観念する。


「スライムの魔石を売りたいんですが」

「じゃあ最初は冒険者ギルドだね」


 かくして。

 はじめての町では謎の『ローブの人物』引率のもと、冒険者ギルドに向かうことになった。

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異世界Zero to hero 蜜漬ミツキ @mituduke-mituki

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