第3話
特に何事もなく、無事に超巨大な筏船へと辿り着くことができた。
あの咆哮の主に追いかけられたり、最悪襲われる可能性も考えていたが……俺にはまだ運が残っていたようだ。
とりあえずまずは、茶髪さんに案内してもらい、この船の責任者の元へ、お礼と挨拶を行いに行く。
わざわざ進路を変え、俺を助けるためだけに人を送ってくれたのだ。
礼儀として、お礼を言うくらいのことは、最低でもやっておくべきだろう。
それにモンスターなんてものが実在しているこの世界で、俺みたいな準引きこもりが、何の庇護もなく1人で生きていくことなんてできるわけがない。
ここは慎重かつ丁寧に、真心と誠意を込めて、なんだったら靴を舐めるくらいの覚悟を持って、しばらくの間、この船で面倒を見てもらえるようにお願いをするべきだろう。
そのための挨拶だ。
何度も深呼吸を行い、緊張をほぐしながら、茶髪さんの後をついていく。
すれ違う人たちにジロジロと見られながら進み、案内されたのは、一際大きい建物を登った先の、景色がいい屋上だった。
そこにいたのは、金髪で耳の長い、まるでエルフみたいな美少女と、俺と同じ真っ黒な髪色の巨乳美女。
この2人のどちらかが、この船の責任者なのだろう。
俺は一切油断せず、就職の面接を受けた時と同じような緊張感をもって、挨拶するタイミングを窺った。
「総長、連れてきた」
茶髪さんは、美少女の方を見て声を掛けた。
ということは、こちらの美少女が、責任者の『総長』なのだろう。
見た目は俺よりも年下の子供にしか見えないが、エルフ的な種族だとすれば、恐らく見た目通りの年齢ではないはずだ。
だが今は、種族のことなんて一切気にせず、船の責任者なのに『船長』や『艦長』ではなく『総長』なことも気にしないことにして、まずは挨拶とお礼を行うことにした。
「初めまして。 私の名前はカズヒトと申します。 この度は、島に迷い込み、あとは死を待つのみだった私の元へ、貴重な人員を救助の為に送ってくださり、誠にありがとうございます。 おかげさまで無事、あの島を脱出することができました。 本当に、心から感謝申し上げます」
そう言って俺は、深々と頭を下げる。
もう1年近く敬語なんて使っていなかったので、言葉遣いに自信はないが、結構ちゃんとお礼を言えたのではないだろうか?
そう思いながら顔を上げると、2人は非常に怪訝な表情となっていた。
俺は、なにかおかしなことを言ってしまったのかな?
そう思い、自分の発言を思い返してみるが、正直どこがおかしかったのか分からない。
もしかすると、文化の違いというやつだろうか?
でもお礼はちゃんと言うべきだし、別におかしなことは言っていないはずだ。
少し悩んでいると、総長と思われる美少女が話しかけてきた。
「貴方、どこの国の人なの?」
「日本という国です」
「……そんな国、聞いたことないわ」
「そうですか……ではきっと、この国とは国交ができない程、遠く離れたところにあるのかもしれませんね」
正直、この世界に日本があるとは思っていない。
もうとっくに、ここは地球ではなく、異世界であることを前提に考えているからだ。
だが『異世界から迷い込んだ』と言っても、頭がおかしいやつだと思われてしまう可能性が非常に高いので、とりあえず日本は『凄く遠いところにある国』という設定で話を進めることにした。
「遠いって、どこにある国なのかも分からないの?」
「分かりません。 そして、ここがどこなのかも知りません。 本当に、気が付いた時には、あの島にいました。 なんでこうなったのかも分かりません」
それにしても、日本に帰る当てがないのなら、俺はこの先この世界で、いったいどうやって生きていけばいいのだろう?
少なくとも、引きこもって生活するのは無理だと思うし……。
お金さえあればなんとかなるのなら、しばらくの間真面目に働いて貯金を貯めればいいだけだ。
だがこの世界には、モンスターが生息している。
モンスターを相手にお金は何の意味も持たないので、モンスターから自分の身を守るための手段を身につける必要があるだろう。
まぁ、身を守るための手っ取り早い手段としては、お金を払って護衛を雇うことなのだが……これはまた今度考えればいいか。
今は、しばらくこの船に身を置かせてもらえるよう、真剣にお願いをするだけだ。
「……そう。 とりあえず、しばらくこの船に乗っていなさい。 町に戻れば、貴方の国のことを知っている人がいるかもしれないわ」
……お願いをするつもりだったのだが、ありがたいことに美少女の方から許可が下りてしまった。
もしかするとこの美少女は、女神の化身なのかもしれない。
「ありがとうございます。 感謝します」
ということで、船から海に捨てられる心配はなくなった。
まぁ、ここで俺がなにか悪いことをすれば、即座に殺されると思うが……。
俺のことだから、無自覚に何かやらかしてしまう可能性も考えられるので、しばらくは全てのことに気を付けて過ごすことにしよう。
「悪いけど、私たちにはまだやるべき仕事が沢山残ってるわ。 だから町に戻れるのは、早くても10日以上は先になる予定よ。 その間、貴方には船の雑用を手伝って貰いたいのだけど……」
「もちろんです。 俺に……自分にできることなら何でも言ってください」
「よろしくね。 それと、話し方はそこまで畏まらなくてもいいわ。 あんまり気安くされるのは問題だけど、そこまで畏まった話し方をされると、逆に話しにくくなるから……」
「そうですか? では、お言葉に甘えて……。 しばらくの間、お世話になります」
そう言って俺は、もう一度深々と頭を下げた。
だが次の瞬間、急に視界が歪み、体の力が抜けてしまう。
床が目の前に迫った記憶を最後に、俺は意識を失うのだった。
※side:エルフ耳美少女総長(20歳)
「ねぇ……カズヒトのこと、どう思う?」
私は隣で一緒に話を聞いていたバドラに声をかけた。
「どうと聞かれても……まぁ、この船を狙っている賊ではないと思います」
どうやらバドラも、私と同じ感想を持ったみたいだ。
明らかに何かを企んでいる顔ではなかったし、間違いなく本心から私たちに感謝を示していた。
手や体つきから考えて、間違いなく武器や暴力とは無縁の生活を送っていたことが想像できるので、賊や賊の仲間である可能性は、ほぼほぼないと考えて間違いないだろう。
「それよりも一つ、報告したいことが……」
「報告? なにかあったの?」
バドラの顔を見る。
バドラは珍しく、真剣な表情をしていた。
「先程性別を確認するために、カズヒトさんに触れたのですが……」
……確かにバドラはカズヒトの体に触れていた。
最初は純粋に、突然倒れたカズヒトの体を心配しての行為だったが、医者が調べた結果、倒れた原因がただの疲労と熱中症だと分かった後……今度は興味深そうに股間を揉みまくっていた。
バドラは恐らく、欲求不満なのだろう。
でもさすがに、いい歳をした女性が、意識のない男性の股間を触るのは、外聞が悪いのでやめた方がいいと思うのだが……。
「カズヒトさんは恐らく覚醒者だと思います。 それも、私とあまり変わらない魔力容量と思われます」
「……それ、本気で言ってるの?」
『覚醒者』
それは、外部から魔力を取り込み、己の魔力に変換して、様々な能力を発揮することができる、特別な才能を持った人を指す言葉だ。
そして、覚醒者としての才能を持つ男性は非常に少ない。
女性は10人に1人が才能を持っているのに対して、男性は100人に1人しか才能を持っていないのだ。
まぁこれは、ただ才能を持っているかどうかの話……。
一応才能を持っているが、一度に取り込める魔力の量が少なく、モンスターと戦えるだけの魔力容量を持っている者は、才能を持つ者の中でも3割ほどしかない。
男性でありながら、危険な大型モンスターが相手でも問題なく戦えるバドラと変わらない程の魔力容量を持っているとなれば、周辺諸国を含めても片手で数えられる程度の人数しかいないだろう。
つまり、非常に珍しい逸材だった。
普通そんな逸材がいれば、気づかれない訳がないし、貴重な戦力として訓練を施すはずだ。
だが明らかにカズヒトの体は、戦闘とは無縁のものだった……。
五体満足で体格も悪くはない。
人格や知能に問題を抱えている様にも見えなかった。
他に問題を抱えているとすれば、病気か身分くらいのものだろう。
「あとでカズヒトの体をもう一度念入りに調べるよう伝えてもらえる? なにか病気を抱えていないか、全身の隅々までしっかりと検査をお願い」
「分かりました。 直ぐに伝えに行きます」
「よろしくね。 いろいろと気にはなるけど……とりあえず今は、再出航の準備に取り掛かりましょう」
「そうですね。 各員に準備を急がせます」
という訳で、バドラは下へと降りて行った。
私は1人、空を見上げながら、カズヒトの扱いをどうするべきか考える。
彼がこの国の人間でないことは、恐らく間違いないだろう。
そして、『日本』という国がどこにあるのかは分からないし、分かったとしても、帰れるとは限らないはずだ。
少なくとも帰るには、相応の準備とお金が必要になるはず……。
病気が原因で戦えないのなら、町へ戻った後に仕事を紹介することくらいしかできない。
元居た国に帰りたいのなら帰ればいいし、そこまで面倒を見るつもりはないのだ。
だがもし彼が、覚醒者として戦うことに何の問題もないのなら……。
貴重な戦力を、みすみす逃す選択肢はないだろう。
「とりあえず検査の結果待ちね。 でも……男の人って何が好きなんだろう? やっぱりお酒かしら?」
再出航の準備が整い、バドラが戻ってくるまでの間。
カズヒトに対して何をエサに交渉をするべきか、私は1人、頭を悩ませるのだった。
ボッチマルチスイッチ ふぉいや @feuer0922
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