第2話

歩き始めてから体感で、約2時間ほどが経過していた。

まだ太陽の位置は高く、日が沈むまであと数時間は余裕がありそうだ。


炎天下の日差しの下を歩いているが、定期的に冷たい海水を頭から被っているので、熱中症の心配はそこまでしていない。

だが流石に、喉の渇きはどうしようもなく、そろそろ飲み水を調達する必要性を感じていた。


そろそろ川を見つけられればいいのだが……。


「海水は飲めないし、飲んだら酷い目に遭うよなー」


そんなことを呟きながら、何気なく海を見る。


すると視界の隅で、何かが光を反射した様な気がした。

ジッと目を凝らしてよく見ると、遥か遠くの海上に、なにか柱のようなものが浮いていることに気付く。


さっきの光……望遠鏡のレンズかなにかに、太陽の光が反射したものだったとしたら……。

海の上、柱、望遠鏡……今あそこを船が走ってるのかも?

俺の記憶が正しければ、水平線までの距離はだいたい4キロメートルくらいだったはず……。

4キロ……高性能な望遠鏡を使っていたとしても、それだけ距離が離れていたら、人なんて小さ過ぎて判別できないかも。

なにか目立つアピールをして、俺がここにいるってことを知ってもらわないと……。


まるで脳に電流が走ったかのように、俺は一瞬でそう考え、素早く移動を開始した。

ちょうどもう少し進んだところに、高さ20メートルほどの崖が聳えていたのだ。


高い位置にいればいるほど、遠くまでの視界を確保できるはず……。

こっちからよく見えるということは、相手からもよく見えるということ。

つまり、相手に気づいて貰いやすくなるはず。

あとは目立つことができれば……。


数分後、崖の上へと到着した。


思っていた通り、海の上には船が走っていた。

幸運なことに、船はこちらへと近づいて来ているようだ。


俺は着ていた白いTシャツを脱ぎ、途中で拾った長い棒をTシャツの両袖に通して、白旗のように大きく棒を振り回し、存在をアピールしはじめた。

本当は火を熾して、狼煙を上げたかったのだが、さすがに時間がかかりすぎると判断したのだ。


(あ……こっちに気づいた? 気づいてくれた? 俺、助かる?)


船は、俺が今いる位置よりも、もっと右へ向かう進路を取っていた。

だが途中、明らかに進路をこちらへ変更し、今はこちらへ真っ直ぐ近づく進路を取っている。

俺の存在に気づいた可能性は、非常に高いだろう。

助けて貰えるかはまだ分からないが、話すことくらいはできるかもしれない。


そんなことを思いながら船を眺めていると、俺はある違和感に気が付いた。


「あれ? ……船にしては、ちょっと形が変じゃない?」


近づいて来ている船は、まるで超巨大化な筏の上に、町が乗っているかのような見た目をしていた。

パッと思い浮かんだ印象は『海上都市』だ。


まぁ、都市と言うには小さ過ぎるので、『海上村』と言った方が正しいだろう。

だが海の上に浮かぶ村の様な船があれば、その珍しさから間違いなく、ネットやテレビなどで話題になるはずだ。


話題になっていないということは、超最近完成したばかりの船か、存在自体が知られていない、本当に珍しい船なのか……。


色々と疑問を感じていると、船の上に動きがあった。

マストに張られていた帆が、少しづつ畳まれていくのだ。

そして、海岸からだいたい200メートルくらいの距離で停止……。

この島までは、来てくれないみたいだ。


『船が来ないのなら、こっちから泳いで行かないといけないのかな?』と、泳ぐことに不安を感じ少し悩んでいると、筏船から小さな船が出航しはじめた。

超大型の筏船とは違い、至って普通の形をした小さな船だ。

小舟の数は3隻で、それぞれに3~4人の人が乗っている様に見える。


気になるのは、小舟に乗っている人たちが、随分と個性的な色の頭をしていることだ。

赤、青、水色、紫、緑、白……。

帽子を被っているのではなく、髪の毛が特徴的な色をしているように見えるので、ほぼ間違いなく日本人ではないのだろう。


言葉が通じない可能性が高いな……。

ジェスチャーを最大限に用いたパッション会話は正直苦手だ。

英語と中国語なら少しは分かるのだが、恐らくどちらでもないだろう。

できれば英語が通じますように……。


そんなことを祈りながら、小舟を迎えるために砂浜へと戻った。




小舟が砂浜へと上陸し、乗っていた人たちも次々と降りてきた。

数えたところ、3隻の小舟には全部で11人が乗っていたようだ。


気になるのは、11人中男性は1人しかおらず、女性が10人だったこと。

船乗りは男性の方が多いイメージだったので、女性の割合の多さに少し驚いてしまった。


まぁ、男女比が珍しいことは大した問題ではない。

俺からすれば、気になっただけでどうでもいいことだ。

問題は、小舟に乗っていた人全員が、剣などの武器を持っていること……。

銃じゃないだけマシな気もするが、怖いことには変わりない。


いったいこの人たちはなんなのだろうか?


「やぁ……えーっと、こんにちは。 言葉は通じるかな?」


俺が武器にビビッて話しかけられずにいると、茶髪の女性が近づいて来て、話しかけてきた。

明らかに日本語ではなかったのだが、なぜか普通に言葉を理解することができる。


これはまさか……一番あり得ないと考えていた、4番目の可能性なのだろうか?


そんなことを思いながらも、とりあえず返事を返す。


「こんにちは。 言葉、大丈夫です。 ちゃんと、通じてます」


……緊張で少し、話し方がカタコトになってしまった。

ひどく喉が渇いていたことも、カタコトになってしまった理由の一つだろう。

俺は決してコミュ障ではない。

陰キャは否定できないが、コミュニケーション能力はちゃんと持っているはずなのだ。


「そうか、それは良かった。 助けを求めている様だったから来たけど……君、1人かな?」


「はい、1人です。 来てくれてありがとうございます」


俺はそう言って頭を下げた。


それにしても、来てくれた人たちは凄く周囲を警戒している様子なのだが……ここには何か、危険な生き物でもいるのだろうか?


「……君は何でここにいるの? 漂流して、流されたのかな?」


「分かりません。 数時間前、気づいた時にはここにいました」


「気づいた時には……? もしかして、記憶がないとか?」


「いえ、記憶はちゃんと覚えてます。 なんと言うか、一瞬で景色が変わって、気づいたらここにいたんです」


「……君の名前は?」


「カズヒトです。 少し前に19歳になりました」


「カズヒト……珍しい名前だな。 ……えっ、19歳!? 」


「はい、19歳です。 よく『若く見える』って言われます」


「……あぁ、本当に若く見えるな。 15歳くらいかと思ってた……」


目の前の茶髪の女性だけではなく、周囲の人たちも驚いているみたいだ。


俺の身長は170cmを超えているので、流石に15歳はないと思うのだが……。

もしかして、この国の人達は平均身長が高いのだろうか?

それとも、俺の顔が特別若く見えるのだろうか?

まぁ、今そんなことはどうでもいいのだが……。


そろそろ本題に入ろう。


「ここがどこか知ってますか?」


「どこと聞かれても……私たちは『離れ小島』と呼んでいて、飛竜がこの島に住んでることくらいしか知らないぞ」


小島?

ここ、島なの?

それに飛竜……?

なにそれ?

まさかドラゴンがいるわけないし……。


そんなことを思った次の瞬間、突如背後の林の奥から、鳥肌が立つ程の恐ろしい咆哮が聞こえてきた。

思わず振り返り、林の方を見つめたまま、恐怖と緊張で一切身動きができなくなる。


咆哮は10秒ほど続いた。


咆哮が止んだ後も、しばらく身動きができないでいたが、木々をなぎ倒すような音は聞こえてこないし、空に何かが飛び出したりもしていない。

どうやら咆哮の主は、こちらに近づいて来ていたりはしない様だ。

少しだけ安心して、体の力が抜けていく。


こんな島にいられるか!

俺は今すぐにでも、ここから逃げ出したいぞ!


「私たちが来たことで、少し飛竜を刺激してしまったみたいだな。 カズヒトさえよければ、私たちの船に来ないか?」


「是非、ご一緒させて下さい」


という訳で、俺は来てくれた人たちと一緒に小舟に乗り、超巨大な筏船へ連れて行ってもらうことにした。

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