ボッチマルチスイッチ

ふぉいや

第1話

俺は家を出るのが嫌いだ。

だからいつも基本的に、家から出ない生活を送っていた。

と言っても、買い物には普通に行くし、友達と会う約束をしていれば普通に出かける。

用事がなければ家から出ない、所謂『準引きこもり』というやつだった。


そして今日も、朝からずっと家にいた。

新作のゲームが面白すぎて、トイレの時以外ずっと、自室にこもってゲームをしていたのだ。


なのに今、俺の目の前には、広大な大海原が広がっている。


押し寄せる波の音。

幼い頃以来、久しぶりに嗅いだ潮の匂い。

体に当たる風や、足の裏に感じる砂の感触。


どうやら夢や幻覚ではなく、現実の風景みたいだ。


「ここ……どこ? なんでいきなりこんな……意味分かんねぇ……」


思わずそんなことを呟きながら空を見上げる。

太陽はまだ高い位置にあり、空の明るさから考えて、まだお昼頃の時間帯みたいだ。


俺の記憶では、少し前に日付が変わったはずなのだが……。


考えられる可能性はいくつか思い浮かぶ。


1つ目は、俺が自覚・認識できていなかっただけで、単純に時間が経過していた可能性。

例え話をあげるのなら、『意識のない俺は、いつの間にか何者かに拉致されてしまっていたのだが、運搬の途中で拉致する相手を間違えていることに気がついたか、普通にいらなくなってしまい、戻すわけにもいかないので仕方なくここに捨てられた』といった感じだ。

まぁ、ほぼあり得ないとは思うが、一応現実味はある可能性だと思う。

否定材料としては、そんなことをされる心当たりが一切ないことと、周囲の砂浜に俺以外の人の足跡が一切ないことだ。


2つ目は、ここが死後の世界という可能性だ。

誰だっていつかは死ぬし、即死だった場合、気がついた時には既に死んでいることだってあるだろう。

俺は死後の世界なんて信じていないが、存在しないことを証明することなんてできないので、実在したとしても別に不思議には思わない。

まぁそうなると、俺は既に死んでいるということになり、元の生活に戻れる可能性は極めて低いだろう。

悲しいことに、これが1番あり得そうな可能性だ。


3つ目の可能性。

それは、ここは日本ではなく、地球の反対側のどこかで、俺は日本の自宅からここにワープしてしまったという可能性だ。

正直俺の体感としては、そんな感じだった。

瞬きの様な一瞬で、突然目の前の景色が切り替わった様に感じたのだ。

もし本当に一瞬で景色が切り替わっていたのだとすれば、それはもう『ワープした』としか考えようがないだろう。

ワープや瞬間移動は、まだ科学的に実現できていないはずの現象なのだが、理論的には一応あり得そうなので、可能性の候補として頭に入れておく。


4つ目……。

これは3つ目と似たようなもので、ここは地球ではなく、パラレルワールドとか、異世界的な場所である可能性だ。

まぁ、これはもうファンタジーの考え方だろう。

もしこれなら面白そうだし興味深いのだが……。

さすがに可能性としては1番低いと思う。


最後に5つ目。

それは、俺の記憶している約19年の人生はただの妄想で、『今ここにいる俺こそが本当の俺だった』という可能性だ。

この場合、もう何が何だか分からなくなるので、俺は一度、自分探しの旅に出るしかないだろう。

結局なんでこの場所にいたのかは不明なままだが、地味に可能性がある様に思えるので、流石にちょっと勘弁してほしい。

今の俺が自分探しなんてすると、ほぼ確実に鬱になる自信があるのだ。


色々考え過ぎて、逆にちょっと落ち着いてきたので、一度周囲を見渡して、何かこの場所のヒントになりそうな物はないか確認してみる。


前方には水平線まで続く青い海があり、左右は遠くまで砂浜になっている。

50メートル程後ろからは沢山の木々が生い茂る林になっていて、木々の上、遥か彼方には、高い山が2つ聳えているのが見える。


面白いのは、片方の山は火山の様で、黒い山肌に黒煙が立ち昇っているのが確認できるのだが、もう片方の山は、山頂から山の中程までが真っ白な、雪山に見えることだ。

どちらの山も本当に遠過ぎて距離感が掴めないので、あの2つの山がどれだけ離れているのかは分からない。


だが雪山と火山を同時に見られる場所なんて、結構珍しいのではないだろうか?

俺は山に興味がなかったので、『雪山と火山を同時に見られるからなんなの? 結局この場所は分からないよね』って感じだが、ワンチャン名前を聞けば、どこの国の山なのかくらいは思い出せるかもしれない。


周囲を見渡した感じ、他に現在地のヒントになりそうな物は見当たらなかった。

見る人が見れば『あぁ、今この辺にいるのね』と把握できるヒントはちゃんとあるのかもしれないが、少なくとも俺には分からなかった。

そして、人の痕跡も一切見当たらないので、ここにいても助けが来る可能性はあまり高くないだろう。


ではどうするか……。

助けが来ないのなら、自分から助けを求めに行くべきだろう。

まずは人か、人の痕跡を探しに、周囲の探索に出るべきだ。

まぁ、人に出会えたとしても、言葉が通じるかは分からないし、そもそも意思疎通ができるのか凄く不安だが……近くに日本大使館があることを祈ろう。


とりあえず、まずは海を見て右方向へ、移動してみることにした。

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