第6話 お土産
私たちは『癒し処 爽風』の中に立っていた。あの何もない殺風景なお部屋だった。誰も何も言わなかった。ジャネットさんの泣き声だけがお部屋の中にひびいていた。
しばらくして、ジャネットさんが泣き止んだ。また、安祐美がタオルを持ってきた。私は感心した。安祐美は人が泣いているときにいろんなものを持ってきてくれる。
涙を拭くと、ジャネットさんが明るく笑った。
「ありがとうございます。おかげで癒されました。イギリスでは私は一人じゃなかったんですね。両親があんなに私を愛してくれていたとは知りませんでした」
早乙女さんが言った。
「よかったですね。でも、イギリスだけじゃなく、この日本にもジャネットさんを応援する人はたくさんいますよ。私たち三人もジャネットさんを応援していますから、何か困ったこと、辛いことがあったら、いつでもこの『癒し処 爽風』にいらっしゃってください」
「はい、ありがとうございます」
ジャネットさんは何度もお礼を言いながら帰っていった。
ジャネットさんを見送って、安祐美がぽつりと言った。
「自分が生まれた瞬間に立ちあうなんて、素敵な経験ですよね」
早乙女さんがしみじみと言った。
「みんな、産まれてくることを望まれているんですよ」
私も思っていたことを口にした。
「でも、あの、ケズウィックだったかしら・・・・あんな、緑と湖に囲まれた素晴らしいところで、そして、周りにおうちが一軒もないようなところで産まれて、育ったら、私たちのような都会育ちとはずいぶん価値観が違ってくるでしょうね」
早乙女さんが答えた。
「そうですね。ジャネットさんは大きくなってから、おそらく都会へ出たんでしょう。だから、ケズウィックで生まれ育ったご両親とは価値観が違ってしまったんでしょうね。ひょっとしたら、イギリスでジャネットさんがご両親とぶつかったのは、そうした人生の価値観の違いが原因だったのかもしれませんね」
私の脳裏に純心そのもののハリーさんの姿が浮かんだ。私はハリーさんの純心さに心打たれた。あんなに純心になれるって、なんて素晴らしいことなんだろう。私の胸が熱くなった。正直、うらやましいと思った。私は考え込んでしまった。
人生の価値観か? いったい、どんなところに産まれて、どのように育つのが人間にとって本当に幸せなんだろうか?
そのとき、安祐美が飛び上がった。
「しまった。忘れた!」
私たちは驚いた。
「えっ、どうしたの? 何を忘れたの?」
安祐美が言った。
「ブリッジ・ハウスの横にお土産屋さんがあったのよ。せっかく、イギリスに行ったのに、お土産を買うのを忘れちゃった。かわいい、ぬいぐるみがあったのにぃ。もう、早乙女さんは、移動するのが早すぎますよぉ」
終
癒し処 爽風へようこそ2・湖水地方にそよ風が吹く 永嶋良一 @azuki-takuan
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