第5話 ケズウィック
気がつくと・・・そこは道路だった。
私たちは道路の真ん中に立っていた。
空には雲一つない青空があった。一本の道路が地平線の果てまでまっすぐに伸びている。さんさんと陽がさして、道路が白く光っていた。
すばらしい快晴だった。
道路の両側には小高い丘が広がっていた。丘には木がなく緑の草が一面に生えている。木がないので丘の起伏が手にとるように分かった。丘の起伏に沿ってどこまでも緑の
生暖かい風が吹いてきて、私のロングのスカートが揺れた。なんてきれいなところなんだろう。私はため息をついた。
私たちの右側に一軒の家があった。360度見渡しても、視界に入る家はその家だけだった。石造りの質素な二階建てだ。石を積んだ低い壁で周囲を覆っている。石壁の前には赤と黒の古めかしい車が二台止めてあった。家の横にはたくさんの白い洗濯物が干してあった。
安祐美が周りを見まわして言った。
「こ、ここはどこ?」
早乙女さんの声が聞こえた。
「ケズウィックというところです。さっきのブリッジ・ハウスの少し北です。さっきから5年前ですよ」
ジャネットさんが私たちの眼の前の石造りの家を凝視していた。
「ここは・・」
早乙女さんが笑った。
「ええ、そうです。ここは」
そのとき、家の中から赤ちゃんの泣き声がした。少しして、家から男性が飛び出した。手を振りまわしながら、私たちの方に走って来る。男性が叫んだ。
「産まれたよう。産まれたよう」
よく見ると、さっきのお父さんだ。たしか、ハリー・エバンスさんだった。さっきよりもだいぶ若かった。ハリーさんは私たちに声を掛けた。
「産まれました。女の子が産まれました」
早乙女さんがハリーさんに言った。
「それはおめでとうございます」
ハリーさんはもう夢中だ。
「はい、ありがとうございます」
ハリーさんは私たち全員の手をとって握手した。
「ありがとうございます。ありがとうございます。ご旅行の方にまで、こんなにお祝いしてもらって。私たちと産まれた娘はなんて幸せなんでしょう。どうか、みなさん、よいご旅行をなさってください」
そう言って、ハリーさんは家の方に戻っていった。まるで、スキップをするような足取りに、見ている私もうれしくなった。ハリーさんは純心そのものだった。
安祐美が早乙女さんに聞いた。
「今のはハリーさんですよねえ。じゃあ、産まれた女の子というのは・・」
早乙女さんは答えなかった。やさしく笑ってジャネットさんを見た。ジャネットさんは両手で顔を覆って泣いていた。
「戻りましょうか」
早乙女さんの声がした。
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