第4話 ジェシー

 気がつくと・・・私たちはブリッジ・ハウスの前に立っていた。


 私は首をひねった。


 あれっ? いつものように、移動しなかったの?


 しかし、よく周囲を見ると・・・そこは、さっきまでいたブリッジ・ハウスとは違っていた。


 明るい陽光が降りそそいでいて、青空に白い雲が浮いていたのだ。


 さっきは曇っていたのに? どうして急に陽がさしているの?


 私はもう一度、周りを見まわした。あれだけたくさんいた観光客が消えていた。ブリッジ・ハウスの前にいるのは、私たち四人と、小さな女の子を連れたイギリス人の若い夫婦だけだった。


 道を自動車が走ってきて、私たちの横を通り過ぎて行った。ずいぶん大きな、そして何だか古めかしい自動車だった。


 急にイギリス人の女の子が石造りの橋の欄干に上った。お転婆な女の子だ。ブリッジ・ハウスは石を積み上げて作られた壁でできている。女の子はその積み上げられた石に足をかけて、ブリッジ・ハウスの側面に出ようとしていた。側面に出ると、下は浅いとはいえ川だ。若い両親はブリッジ・ハウスに見とれていて、女の子の行動に気づいていなかった。


 私は思わず女の子に声を掛けていた。


 「お嬢ちゃん。気を付けて。危ないわよ」


 私の口から英語が飛び出した。言った私が一番驚いた。


 女の子が私を見た。英語で答えた。


 「大丈夫よ。私、こういうの得意だから」


 女の子の英語が私の頭に日本語として入ってきた。早乙女さんが渡してくれた、あのイヤホンみたいな不思議な機械のお陰だ。


 すると、ブリッジ・ハウスの石の壁に手足をかけて、女の子がゆっくりと移動を始めた。ブリッジ・ハウスの側面に出た。すぐ下は川だ。


 私は息を詰めて、女の子を見つめていた。何か声を掛けると、女の子が落ちそうで・・・声が出なかったのだ。そんな私を見て、安祐美や早乙女さんやジャネットさんも女の子に気付いた。みんなも私と同じだったようだ。みんなも息を詰めて、女の子を見つめている。


 そのとき、両親がやっと女の子に気づいた。母親が必死になって、女の子に声を掛けた。


 「ジェシー、何をしてるの! 危ないわよ」


 その声に、女の子が顔を母親の方に向けた。


 そのときだ。女の子が足を滑らせた。「キャー」という悲鳴が上がった。女の子は、そのまま川の中に落ちていった。小さく水しぶきが飛んだ。ゴンという鈍い音がした。女の子は石で頭を打ったようだ。気を失っていた。そして、顔が川の水の中に漬かっていた。私は声にならない叫びを上げた。


 大変だ。あのままではあの子は息ができない!


 母親の叫びが聞こえた。


 「キャー」


 安祐美も早乙女さんもジャネットさんも、みんなが息をこらして、川の中の女の子を見つめた。


 そのとき、女の子の父親の姿が宙に舞った。大きく川の欄干を飛び越えると、そのまま川の中に落ちていった。ガンという大きな音がした。私たちが川を見ると、川の中に父親が倒れていた。父親が仰向けになっていて、その手が女の子を宙に持ち上げていた。


 早乙女さんが急いで声を掛けた。英語だ。


 「大丈夫ですか?」


 「ええ、ジェシーは大丈夫です。でも、私は、足を折ったみたいです」


 父親の英語が、私の耳に日本語として飛び込んできた。


 私たちは協力して川に下りた。そして、まずジェシーちゃんを手渡しで道路まで運び上げた。ついで、父親をみんなで道路まで持ち上げた。


 母親が近くの家に走って行って、父親を運ぶために救急車を呼んだ。


 救急車を待つ間に、父親が私たちに感謝の言葉を述べてくれた。


 「みなさんは命の恩人です。本当にありがとうございます。私はハリー・エバンスです」


 戻ってきた母親も、私たちにお礼を言った。


 「おかげで助かりました。私はアメリア・エバンスです。そして、この子がジャネット・エバンスです」


 え、ジャネットですって? さっきはジェシーって言ってなかった?


 早乙女さんは私の疑問が分かったようだ。私と安祐美にそっとつぶやいた。


 「ジェシーというのはジャネットの愛称なんです」


 ん、ジャネットですって? それって?


 横に立っていたジャネットさんが息をのんでいるがわかった。


 ジャネットさんの眼に涙があふれてきた。


 「マーム、ダッド」


 早乙女さんが、優しく微笑んだ。そして、再び、ピンクのタブレットを操作した。


 私たちの姿が薄くなった。

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