第3話 ブリッジ・ハウス
私は周囲を見回した。
私たちはコンクリートの細い道の上に立っていた。小高い丘のようなところだ。道の周りは、白いモルタル塗りの2階建ての民家がぎっしりと取り巻いていた。民家の窓にはさまざまなお花が飾ってあった。
斜め向かいのおうちの窓から国旗が出ていた。イギリスのユニオンジャックと・・・白地に赤の線で十字が書かれた旗だ。あれは、サッカーのワールドカップのテレビ放送で見た国旗だ。・・たしか・・そうだ、イングランドの国旗だ。
私は周りのおうちのお庭に眼を見張った。どのおうちもお庭がとっても素敵だった。どのお庭もお花がいっぱいだ。そして、お庭の手入れが行き届いていた。
なんて素敵なお庭なんでしょう。
雨が降ったようで、道路が濡れていた。空はどんよりと曇っていた。眼の前は坂になっている。民家の間を下り坂が伸びていた。
「ここは、どこなの?」
安祐美が周囲を眺めながら聞いた。早乙女さんが答える。
「イギリスです。アンブルサイドという、イギリスの中央部から西に寄ったところにある小さな町ですよ」
私が聞いた。
「雨が降ったんですね?」
「ええ、イギリスは晴れる日よりも曇ったり、雨が降ったりする日の方が多いんですよ。こんな天気が如何にもイギリスらしいですね」
ジャネットさんも眼を見張って周りを見ている。無理もなかった。50年ぶりのイギリスなのだ。
そこへ坂道を犬を散歩させた女性が上がってきた。青色のレインコートを着ている。レインコートが濡れていた。そして、女性の髪は金色だった。女性がジャネットさんに声を掛けた。ジャネットさんがそれに答えた。女性が笑いながら立ち去っていく。英語だ。
早乙女さんがイヤホンのようなものを取り出した。それを私と安祐美に渡す。
「あの女性が『雨が上がりましたね』とジャネットさんに挨拶したんですよ。イギリスの挨拶は天気の話と言いますからね。それで、二人ともこれをつけてください。英語が日本語で聞こえます。そして、安祐美君と花楓君の日本語が英語になって相手に伝わります」
え、何? こんな便利なものがあるの?
私と安祐美はイヤホンをつけた。それから、私たちは雨で濡れた坂を下っていった。少し歩くと、小さな川があった。川に沿って歩道が続いている。歩道の横は道路になっていて、車がゆっくりと行きかっていた。早乙女さんが、歩道を歩き出した。
どこへ行くんだろう?
私たちは早乙女さんに従って、川沿いの歩道を歩いた。歩道と川の境には、高さ50㎝ぐらいの落下防止用の柵があった。柵の表面はレンガで飾られている。
柵から下をのぞくと、3mほど下に川面があった。川幅は5mぐらいしかなかった。水量は少なく、水深は浅かった。ごつごつしたたくさんの石が水面に出ているのが見えた。きれいな水だった。川の周囲は石積みの壁になっている。
川の向こう岸に、レンガ造りのかわいらしいお店があった。お土産屋さんのようだ。何人かの観光客のような人たちが笑いながらお店に入っていくのが見えた。川のこちら側は3階建ての民家が軒を連ねている。どのおうちも白や黒や茶色などできれいに塗装されていた。
きれいな街だった。
私たちの前後を人が歩いていた。観光客のようだ。楽しそうだ。みんなカメラを持っていた。ここには華やいだ空気があふれていた。
少し歩くと、川の
近づいて、私は驚いた。川に石の橋がかけてあって、その橋の上に石造りの2階建ての小さなおうちが建っていた。つまり、おうちの下は橋で、その3mほど下を川が流れているのだ。たくさんの人がそのまわりに集まっていた。みんな、おうちと橋の写真を撮っている。
「何、これ~? かわいい!」
安祐美が裏返った声を上げた。早乙女さんの声がした。
「ブリッジ・ハウスです」
私と安祐美は早乙女さんを見た。私は思わず、早乙女さんに聞いた。
「ブリッジ・ハウス・・・ですか?」
「ええ、もともと、この家は17世紀に建てられた林檎販売店だったんですよ。地税を逃れるために、こうして橋の上に家を建てたんです」
「へえ、おもしろい。今も人が住んでるのかしら?」
安祐美が中を覗き込んだ。中は真っ暗で歩道からはよく見えない。
「いえ、今は湖水地方の管理事務所になっています。中も近代的に作り変えられているんですよ」
ジャネットさんは珍しそうにブリッジ・ハウスを見ている。早乙女さんがジャネットさんに声を掛けた。
「ジャネットさんはブリッジ・ハウスを覚えていらっしゃいますか?」
ジャネットさんは驚いたようすだった。
「え、私が? ここは初めてだと思うんだけど・・」
早乙女さんが笑った。
「そうですか」
早乙女さんがピンクのタブレットを操作した。
(著者註)
近況ノートに挿絵があります。
https://kakuyomu.jp/users/azuki-takuan/news/16818093075069478475
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