第2話 荒れ地
私が気がつくと・・・荒れ地に立っていた。重苦しく、黒い雲が限りなく空を覆っていた。陰鬱な雲の下には、ひび割れた灰色の地面が果てしなく続いていた。地表には無数の石がごろごろと転がっている。ところどころに、名前も知らない草が生えていた。
空気が凍てついていた。寒さに私は、思わず震え上がった。
周りを見ると、早乙女さん、ジャネットさん、それに安祐美が立っていた。
早乙女さんが言った。
「ここが、ジャネットさんの心の中です」
安祐美の声が聞こえた。
「なんて、寂しいところなの」
ジャネットさんが呆然と周囲を見回しながら言った。
「こ、これが・・・私の心の中?・・・何にもないんですね・・・」
急にジャネットさんが手で顔を覆って泣き出した。早乙女さんがやさしくジャネットさんの背中をさすった。
辛かったんだろうなあ。私はそう思った。きっと、イギリスでは人に言えない、いろんな辛いことがあったんだ。ジャネットさんの背中がそう物語っていた。そんなイギリスから逃げるようにして一人で遠い異国に来て、結婚して、苦労を乗り越えて、やっと幸せをつかんだら、今度は最愛のご主人が亡くなってしまった。・・・・。なんという、はかない人生なんだろう。
ジャネットさんは自分の人生に対して泣いているのだ。
この人を幸せにしてあげたい。苦労だけでなく、楽しい思いも味合わせてあげたい。私は心からそう思った。きっと、早乙女さんも安祐美も同じ気持ちだったんだろう。みんな、やさしくジャネットさんを見つめていた。
ひとしきり泣くと、ジャネットさんは少し落ち着いたようだ。安祐美がハンカチをジャネットさんに差し出した。
ジャネットさんが少し笑った。
「ありがとう、お嬢ちゃん。やさしいのね」
すると、早乙女さんが私たちを促した。
「少し歩いてみましょう」
私たちは早乙女さんを先頭にして、荒れ地を歩き出した。
道はなかった。私のパンプスに小石が当たって、歩きにくい。安祐美も同じように歩きにくそうだ。
しばらく歩いたところで、早乙女さんが立ち止まった。私たちも、早乙女さんに合わせて立ち止まる。早乙女さんが空を見上げた。早乙女さんが見上げる方向を見ると・・・地平の向こうの雲が金色に光っていた。
早乙女さんが言った。
「あそこに、ジャネットさんの遠い昔の思い出があるんですよ」
ジャネットさんも空を見上げながら言った。
「私の遠い昔の思い出?・・・」
「ええ、そうです。覚えていらっしゃいませんか?」
「いいえ。何のことだか・・・私にはさっぱり・・・」
早乙女さんが光る雲を指差した。
「では、あの雲の下まで行ってみましょうか?」
ジャネットさんが強く首を振った。
「無理です。私、あんな遠くにまで行くことはできません」
早乙女さんが頷いた。早乙女さんがピンクのタブレットを取り出した。
「そうですね。・・・では、こちらのピンクのタブレットで、あの雲の下まで移動してみましょう。ジャネットさんは、先ほど、イギリスの湖水地方っておっしゃいましたよね。湖水地方の特にどこの癒しがいいとか、何かご希望はございますか?」
「はい。ここに私が行きたいところをメモしてきました」
ジャネットさんが英語のメモを早乙女さんに渡した。
「なるほど。アンブルサイドですね」
アンブルサイド? それ、どこなの? 聞いたことがないわ。
私と安祐美はきょとんとして、早乙女さんとジャネットさんを見つめていた。
すると、今度は早乙女さんがピンクのタブレットを操作した。私たちの姿が薄くなって・・・消えた。
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