癒し処 爽風へようこそ2・湖水地方にそよ風が吹く

永嶋良一

第1話 湖水地方

 私は三千院花楓かえで。私と友人の大原安祐美は、女子大の二年生。しっかり者で、積極的な安祐美と、うっかり者で、引っ込み思案の私は大の仲良し。そして、私たちは、ひょんなことから『癒し処 爽風そよかぜ』でアルバイトをすることになったのよ。


 『癒し処 爽風』は、不思議な力で、お客さまの心を癒すところ。そして、マスターは、早乙女さおとめみかどさんなの。詳しくは前作を見てね。

 https://kakuyomu.jp/works/16818093073524542263/episodes/16818093073524543925


 私たちがアルバイトを始めて三日目だ。『癒し処 爽風』にご年配の女性がやってきた。ショートの髪に明るいオレンジのパンツルックだ。派手な化粧が決して嫌味ではなく、とっても素敵だった。でも、でも、でも、彼女は金髪の外人さんだったのだ。


 「いらっしゃいませ・・・」


 私は接客に出たまま、固まってしまった。


 「な、な、なんと、外人さんだ。安祐美、交替ね」


 あわてて、私は安祐美の後ろに隠れた。


 「ちょっと、花楓。何してんのよ。あんたがお客さんのお相手をする順番でしょ。ちょっと、花楓。いいかげんにしなさい」


 安祐美が私を叱る。そして、私を捕まえて、外人さんの前に突き出した。


 外人さんが笑っている。


 こんなとき、英語で何といえばいいのだろうか? ああ、いやだ、いやだ。もっと、真面目に英語を勉強しておけば良かった。私はドキマギした。えーい、もう、やけだ。


 「ハ、ハロー、ナイス トー ミート ユー」


 「はい。癒しを予約しましたジャネット桜川です」


 えっ、日本語? 私はあわてて聞いた。変な日本語になった。


 「あの、アナータ、にほーんご、オーケー、でーすかあ?」


 「はい、日本語、話せますよ」


 よ、良かった。私の口からいつものセリフが出てきた。


 「あ~、良かった。それで、ジャネットさんは、どのような癒しをお望みですか?」


 ジャネットさんが私に聞いた。


 「外国に関係する癒しでもOKですか?」


 「が、外国に関係する癒しですか?・・・うーん、どうなんだろう?・・・安祐美。交替」


 「もう、花楓。しっかりしてよ」


 安祐美が私のお尻をポンと叩く。安祐美が奥に声を掛けた。


 「早乙女さん、早乙女さん」


 奥から早乙女さんが出てきた。いつものように、頭を整髪料できれいになでつけている。そして、薄い茶色のシャツに茶色のベスト。焦げ茶色のパンツ。焦げ茶の靴。今日も茶色で統一した服装だ。


 安祐美が早乙女さんに言った。


 「あ、早乙女さん。こちらのお客様が、外国に関係する癒しをご所望なんですが?」


 早乙女さんがジャネットさんの方を向いた。


 「あ、いらっしゃいませ。当店は外国に関係する癒しでも問題はありませんよ。どちらのお国の癒しを望まれますか?」


 ジャネットさんが早乙女さんに答えた。


 「私の故郷の湖水地方をお願いしたいんです」


 こ、湖水地方?・・・


 私はそっと安祐美に聞いた。


 「ねえ、安祐美。湖水地方ってどこの国?」


 安祐美も知らないようだ。


 「そうねえ。湖水っていうんだから、湖よねえ。湖? 湖?」


 「湖? じゃ、琵琶湖? すると、ジャネットさんは滋賀県の出身なの? 滋賀県の人は金髪なのかしら?」


 「まさか」


 私たちの会話を聞いていた早乙女さんが吹き出した。


 「湖水地方というのはイギリスですよ」


 私は飛び上がった。


 「イ、イギリスですって」


 ジャネットさんが私に言った。


 「あら、お嬢ちゃんは、イギリスに行ったことがあるの?」


 急に言われて、私はまたおかしな日本語で答えた。


 「い、いえ、ありませんよぉ。私もこの子も、わたしたちわぁ、外国、行ったこと、ありませんのです」


 「ちょっと、花楓。あんた、今日はなんだか変よ。ちょっと、静かにしてなさい」


 安祐美がスカートの上から私のお尻をつねった。


 「いた~い💦」


 私は安祐美を睨みつけた。


 早乙女さんが話を戻すようにジャネットさんに聞いた。


 「湖水地方ではどのような癒しをご希望ですか?」


 ジャネットさんが、寂しそうな顔になった。


 「私、もう50年以上前に日本に来て、夫の桜川敬一郎と結婚しましたの。それから、私は一度もイギリスには帰っておりません。その夫も昨年亡くなってしまいました。私たちには子どもがいません。イギリスの両親はとっくに亡くなっていますし、日本の夫の両親も他界しておりまして・・・。とうとう、私は日本で独りぼっちになってしまったんです。そうなると、いまになって、故郷の湖水地方が無性に懐かしくなってきたんです。


 私、実は、一人娘なんですが・・・イギリスの両親とうまくいかず、それで、イギリスを出て、一人で大好きな日本にやってきたんです。日本で夫と出会って、結婚しました。だから、結婚式にはイギリスの両親は呼んでいないんです。そんなイギリスなんですが・・・夫が亡くなると、なぜか、いつも思い出してしまうようになりました。そうなると、もう寂しくて、寂しくて、いてもたってもいられなくなってしまったんです。


 そんなわけで、私はなんとかして、寂しさを紛らわせたいんです。でも、私もこの年ですし、またイギリスに帰っても、もう誰も知っている人間はいないんですの。それで、こちらのお店で、イギリスについて癒しをいただこうと思いつきましたの」


 早乙女さんが、深くうなずいた。


 「分かりました」


 すると、早乙女さんがポケットから、いつものタブレットを二つ取り出した。青色とピンク色をしている。青色のダブレットを使うと、お客さまの心の中に移動することができて、ピンクのタブレットを使うと、お客さまの心を癒す場所に移動することができるのだ。


 早乙女さんが言った。


 「それでは、まず、ジャネットさんの今の心の中を見てみましょう」


 早乙女さんが青色のタブレットを操作した。



(著者註)

 近況ノートに挿絵があります。

 https://kakuyomu.jp/users/azuki-takuan/news/16818093074957139573

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