第3話 梅椿の穢れ

 無所属になってから数日。任務は所属していた時と仕様が変わることはなく、難なくこなすことができた。むしろ前よりも人と関わらないことでのびのびとできているかもしれない。移動式神は所属じゃなくなったことで借りる申請で少し揉めたが今もこうやって借りることができているのは土御門くんのおかげ。彼には返しきれない恩がある。


 任務をこなして、忙しい日々を過ごしていてもどこか、心にできた喪失感が消えない。私にも大切なものはある。でも、その大切なものをもうこれ以上失わないためにこうした。

 晴太さんは言っていた。無所属は孤独に生きるものだと。人と慣れ合うことなく、淡々と任務をこなすものだと。無所属になってからひとつ耳にしたものがあった。

 それは〝妖を祓う傀儡〟だった。無所属を指す差別言葉。無所属は陰陽寮の中の地位は最下層に近い。無所属は難があるものだとされているからだ。淡々と任務をこなし、誰とも慣れ合う姿のない無所属は、集団である陰陽寮の陰陽利からすればそう見えるかもしれない。


 だけど人には、人の行動には様々な理由がある。それを私は知っている。





「今日は……南か」


 陰陽寮に所属してから初めて単独で任務に行った地。あの頃より半年。私は成長できているだろうか。もう、分からない。

 いつものように霊門を閉じ、瘴気を祓って任務を終えて帰ろうとしていた時、声が聞こえて来た。微かなものだったけど確かにそれは人の声で、私は気になり近くまで行くことにした。


「先生! ここはどうしたらいいんですか?」

「ここはね」


 気配のある場所の近くまで行くとそこには梅椿さんの姿があった。傍には陰陽師見習いの姿。恐らく学園の子だろう。

 先生、と呼び慕った彼の姿。2年ほど姿を見かけたことはなかったけどあの頃と特に変わった様子はない。ない、はずなのにそれがどこか不自然に見える。木陰から更に見を乗り出すとそこには衝撃の姿があった。


「せんせぇ……ここじゃやだ」

「ここじゃないと無理だろう?」

「でも……」


 狩衣の襟元を乱し、生徒の首筋に噛みつく獣がそこにはいた。梅椿、なんて美しいものは何もなくただの穢れだけがそこに流れていた。

 陰陽師にとっての性行為は霊力の渡し合いを意味するもの。霊力の少ない一般人であればそれはほとんど意味の為さないものになる。だがそれが見習いであれど陰陽師同士であれば避けなければならないものであり、更に婚前交渉は〝禁忌〟に値する。


 梅椿さんがそれを知らないわけがない。なのにどうして。どうして、それができるの。

 溢れる嫌悪感。禁忌を見て見ぬふりをするほど、弱い人間ではない。


「そこで、何をしているの」

「え⁉」

「君は」

「梅椿侑人。貴方は生徒と禁忌を犯して何がしたいの。陰陽師にとってそれは……」

「見られたなら、仕方のない」


 こちらに向かい霊術を唱える彼は、戦う気のようで。恐らく報告と謹慎、あるいは陰陽師としての地位の剥奪を阻止するためのものだろう。禁忌を犯したものはその名を取り上げられ、一生を牢で過ごす。恐らく彼は初犯じゃない。それが分かってるからすぐ行動に移せた。

 奥にいる生徒は青白い顔色のまま震えている。どう言いくるめられたのかは知らないけど、影から見た時よりも正面で見た方が幼く見える。恐らく学園に入学してすぐの生徒だろう。右も左も分からぬまま体を許した。彼女はまだ取り戻すことができる。


「月並桜香。やはりあの時殺しておくべきだったな」

「え?」

「君は__の生まれ変わり。この世に存在してはならぬもの。陰陽師の歴史の原因」

「なに、それ」


 なにそれ。何でそれを知っているの。私は、誰の生まれ変わりなの。

 金童子の時のように聞こえないし、読み取れない。いつしか梅椿侑人は姿形を変化させ、鬼へと成り下がっていた。小さな角が頭に映えており、肌は青く染まる。口角を上げたその口から見える歯は酷く尖り、大きなものへと変わっている。

 〝青鬼〟それが今の彼に相応しいだろう。


「せん、せぇ」

「まずい!」


 私は自分自身を守るだけではない。陰陽師見習いの彼女はまだ鬼と戦う術を持ち合わせていない。それどころか性交渉のせいで鬼の妖力を入れこまれているかもしれない。そうなればこの戦い、彼女が生きる可能性はほぼ零に近い。

 そう思ったのも束の間、一気に距離を詰められ大きな爪で胸部を引っかかれる。狩衣は切れ、中に身につけていた襦袢までもが空気に晒される。微かに素肌まで届いたのだろう。ぴりぴりと肌が痛む。


 鬼になっている以上、祓わなければこちらが助かる手立てはない。本気でやらなければ。


「祓え給え、清め給え。火炎砲!」


 片手で火を吐き出しながらもう片方の手で式符を探す。今までずっと共に修行をして模擬実践の練習を重ねて来た私の奥の手。


「来い! 葵!」

「ういっす!」


 水神天后の力を一部含めている雨の日に強い葵。この南の地では不利だが、それが弱点にはならない。必ずここで鬼を倒す! でなければ甚大な被害が出るだろう。

 私は陰陽師なんだ。妖の脅威から人々を守るために今この地にいる。私が死ねば皆も死ぬ。それぐらいの気持ちでいないと、やっていけない。


 葵と連携しながら鬼を追い詰めていくが手ごたえがない。霊術も効いていないようだし、瑞樹を守っている時とは戦い方も違う。あの子は陰陽師として独り立ちしていて、後方支援もできていた。だがこの子は違う。実戦経験もほとんどなければ鬼の妖気に当てられ今にも気を失いそうだ。

 増援を呼びたいのだが、無所属になってしまった手前連絡手段がほとんどない。早急に対処してくれるかも危ういものだ。

 危機的この状況を打破する考えは、余裕のない私では浮かばない。こんな時真翔くんだったら……。


「うぁぁぁぁあああ」

「なに⁉」


 急に鬼が叫びだす。喉元に手を抑え苦しそうだ。息を吸う間もないほど与えられていた攻撃がぴたりと止む。


「主! 今だ!」


 葵に声をかけられはっとして火炎砲を繰り出す。すると今まで効果のなかったそれは急に効果を見出し、鬼は赤く燃える。苦しそうにこちらに手を伸ばすその動きは、まるで人のよう。


 梅椿侑人に、意識はあるのだろうか。それともすでに鬼に……。


「主。ひとまず封印して報告しよう。今なら生け捕りができる」

「そう、ね。そうする」


 九字の一部である封印術を繰り出す。金に光る鎖が指の先から出、鬼に絡まる。〝封〟と言うと鎖ががっちり鬼に絡みつき、びくともしない。

 それを確認し私は切れた肌に簡易的な治癒を行い、葵の羽織りを借りる。流石にこの姿で歩き回るわけにはいかない。


 そして葵に封印した鬼の監視を頼み、私は崩れ落ちている生徒のもとへ向かった。

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