第4話 人から鬼へ

「貴方、大丈夫?」

「は、い」

「名前と学籍番号を教えてくれるかしら。学園に連絡します」

緑山美稀みどりやまみき、105677です……」

「分かりました。今から応援を呼ぶから待機でいい? あと事情聴取もあるだろうから意識をしっかり」

「……」


 名前と番号は教えてくれたもののまだ呆然としているようで。まあ、無理もない。

 自分が先生と呼び禁忌を犯すほど慕っていた人が本当は鬼だったのだから。私だけじゃ足らず自分にまで手を出し、殺そうとした。幼い彼女には信じがたいものだろう。

 それに彼女は契りを犯しており、分け与えられた霊力と共に鬼の妖気を与えられているかもしれない。今後の処遇など、少し考えれば己でも分かるもので。命が助かったとはいえもう、陰陽師としてここにはいられない。


 絶望したその表情からは、それだけがはっきりと読み取れた。

 絶望だけで心を殺してほしくない。それなのに、今の私にはなんて言葉をかけたらいいか分からなかった。柚葵だったら、なんて言っただろうか。




「月並!」

「蘆屋さん」

「なんで鬼が⁉ どういう状況だ」

「伝言式神飛ばしましたよね? 読んでいませんか?」

「それは上に取られたから俺は何も把握できてないんだ。元同僚のよしみでこっちに飛ばされたし、何がなんだか」


 緑山さんに声をかけた後、私は陰陽寮に向け伝言式神を飛ばした。封印した鬼のその後や彼女の処遇などは私では判断しかねる。簡易的な封印なので解けて鬼が再び暴れる可能性も零ではないので、陰陽寮の判断に従う方がいいと思ったからだ。


 辺りは鬼がまき散らした妖気と、妖気により広がる瘴気で穢れている。状況を理解できていない蘆屋さんが混乱するのも無理なかった。

 伝言式神に書いた通りのことを蘆屋さんに説明すると頭を抱えた。どこか顔色も悪そうだ。

 人が鬼になったんだ。こんな異常事態をすぐに飲み込める人なんて早々いない。むしろまだ冷静なほうだ。顔見知りで優秀な蘆屋さんがここに派遣されてよかったのかもしれない。他の人なら今頃どうなっていたころやら。


 少しして冷静さを取り戻した蘆屋さんが状況を消化できたようで声をかけてくる。


「つまりだ。梅椿侑人って陰陽師が鬼に変化して、二人を襲った。戦ってたら急に呻き出して弱っているところを封印した。で、あってるか?」

「大部分は」

「生け捕りにできたのはよくやった。だがこれをどこへ持って行こうか」

「私ではそのあたりを判断できないので陰陽寮に連絡したんです。なので陰陽寮から来た蘆屋さんにそのあたりはお願いしたいです。できたらでいいのですが解剖結果とかも……」

「結果を教えるのはできるか分からんが、善処はする。一旦上に連絡してくるからここ任せてもいいか?」

「はい」


 眉間に皺を寄せた蘆屋さんは連絡式神片手に遠くへ向かった。これから大勢の人がやってくるだろうし、緑山さんは非難される。私だって、そうだろう。

 1度なら2度も、3度も滅多に遭遇しない鬼に会って、戦ってるんだ。全てを知っている人から何か疑われても仕方ないことだ。このことを土御門くんには、何て言われるだろうか。


 鬼に狙われるほどの前世なのは土御門くんからの話で分かっていた。でもそれが歴史の原因であるとまでは思いもしなかった。安倍晴明の大切な人、そしてその陰陽師が手を組んでこちらに引き入れた酒呑童子。その配下である鬼の金童子。そして今回の鬼。

 全てが、因果で繋がっている。私は、私が存在するだけでこちらに鬼を引き入れてしまうのかもしれない。その事実が分かり冷や汗が止まらない。


 また、自分自身が分からなくなる。


「ねえ、葵」

「なんだ?」

「私がもし死んでも、葵は存在できる?」

「突拍子もねえこと言うな」

「いいから。答えて」

「……俺の中に宿る霊力が全てなくなれば消える」

「つまり私が死んでも霊力さえあれば生きていけるのね」

「俺は十二天将の力を一部含めた例外だ。全ての式神がそうなわけじゃない」


 葵は私が死んでも消えることはない。その事実だけで私は十分だった。

 葵には柚葵の意思を込めている。消えたら、困るんだ。もう二度と失いたくない。葵のその後は土御門くんにさえ頼んでおけば安心だ。彼は十二天将の親だから。


 それでも、葵が少しでも消えるかもしれない可能性を考えれば握る手に力がこもる。爪が皮膚にめり込み、肌がぴりぴりと痛む。


「悪い遅くなった! 倉橋と部下をこっちに何人か呼んだ。それと封印術が得意な陰陽師も」

「倉橋さんも来られたら安心です」

「被害者の生徒は女だからな。女のことは女にしか理解できねえ。なら信頼できる倉橋が適任だろ」

「そう、ですね」


 倉橋さんに頼んでおけば邪見にされることはないだろう。今は。


「とりあえず持ち帰ってこっちで解剖なりなんなり試して調べてみる。出来る限りの状況は引き渡すが緘口令が敷かれる可能性が高いから、そうなったらどうにもな」

「大丈夫です。そうなれば土御門くんに直接聞きますから」

「……お前、成長したな」

「そうですか?」


 それから倉橋さんと元同僚が何人か到着して、少し挨拶をしてから私はその場を去った。

 

 後日、事情聴取のため陰陽寮に呼び出された時、倉橋さんから情報を仕入れた。

 梅椿侑人、もとい青鬼は封印を解かれ解剖されたらしい。調べたところ体は梅椿侑人そのものであり鬼の妖気や妖力などは組み込まれていなかった。だが霊力だけは全て消滅していたという。

 対して緑山美稀は禁忌を犯し、霊力を交換していたとはいえ体に害はなく、霊力が消滅することもなかったそうだがいつ妖気や妖力が発動するか分からないので生涯監視対象として過ごすようだ。

 今回の事件は特に緘口令が敷かれることはなく、むしろ注意の対象として陰陽界に広く知れ渡った。

 〝人が妖に変化することがある〟それは今までの常識を覆す衝撃的なものだった。一部では梅椿侑人のようにすでに妖に取り込まれており、人として陰陽師をしている奴がいるかもしれないと疑心暗鬼になるものもいるようで。混乱は避けられないもので。


「今年は大変ね……」

「あれから大霊門の様子はどうですか?」

「順調よ。大霊門も今後数年は開く様子がないらしいわ。だけど通常の霊門から百鬼夜行が出てくる可能性はあるらしいわ。それに今回のことで、ね」


 大霊門は良くても普通の霊門が開けば意味がない。また百鬼夜行がこの国を襲う。

 それに百鬼夜行とは別の脅威が私達を襲う可能性は、高そうだ。今回のことで日の目を浴びたことで紛れもない事実になっただろう。対処しなければならないことが山積みだ。

 

 事情聴取を終え倉橋さんに別れを告げた。次の任務まではまだ時間があるので休憩室で時間でもつ暴走かと思っていたその時、土御門くんに声をかけられた。

 気づかなかった。いつもなら多少の気配は感じる。彼から溢れ出る霊力は底知れぬものであったからだ。なのに今回は声をかけられても振り向いて確認するまで彼であるかどうか確証を得られなかった。まるで別人のように、纏う雰囲気が違う。


「ちょっといい? 真翔のことで」

「……うん」


 久方ぶりに聞いたその名。微かに、手が震えた。

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