第2話 無所属の陰陽師

 私は淡々と任務をこなす日々を過ごした。もう誰も巻き込まないように、倉橋さんや蘆屋さん、その他の人との関わりも最小限に抑えた。月並家にも任務を理由に帰らないようにして。試験に合格して、同期としてよろしく、と笑顔で入って来た瑞樹ともあまり話さない。

 時々土御門くんが気を遣って話し相手をしてくれるけど、それだけ。


 日々笑顔が減り、地蔵のようになっていく私をもう誰も相手しない。それでいい。

 これが私にとって、私にできる最善なんだ。


「お? 任務被りか?」


 変わらない日々を過ごすため、任務へ向かうとそこには非日常があった。いるはずのない別の陰陽師がいた。無声卑下を生やした少し不潔そうな男。も実力は確かなようだ。溢れ出る霊力がそれを告げている。

 彼が先に任務を片付けてしまったのだろうか。妖も、霊門も瘴気も、何の気配もなかった。


「貴方は?」

「俺は晴太せいた。無所属の陰陽師だ」

「無所属?」


 彼は自分のことを無所属の陰陽師だと名乗った。陰陽寮には所属しているけどその他の部署には所属しない、少し変わった陰陽師。任務を受けるためだけに所属している、とも言えるだろう。

 そんな陰陽師が何故ここにいるかというと内勤の手違いで任務が被ってしまったのだと彼は推察していた。私の予想通り任務内容はすでに終えてしまっているらしい。

 すでに任務を終えているのならここに留まる理由はない。戻って別の任務を受けなければ、と思う移動式神を出すが晴太さんに止められた。


 何故止めるのだと不機嫌になれば、彼は笑った。


「本来ならここで任務だったんだしまだ時間はあるだろ。少し話して帰ろうや、月並桜香ちゃん」

「……なぜ、私の名前を」

「あんたは話題の人だからな。流石に俺の耳にまで回ってくるよ」

「そう、ですか」

「色々あったんだって? まだちっこいのに大変だったな」


 真翔くんのことがあってから周りの人に同情と、批判の目をされることは少なくなかった。まだ若いのに。あの子がいなければ。あの子って。

 心無い噂も沢山あるし、直接今の気持ちを聞いてくる物好きもいた。でも晴太さんはどこか違うように感じた。たしかに同情はしている。だけどどこか、同調しているようにも感じて。


 不思議と安心ができて、今まで我慢していたものが溢れ出て来た。

 そんな私の頭を乱暴に撫でる彼の手は、誰よりも暖かかった。


「……周りは、大人だろうが子供だろうが関係なく強いもんに頼ろうとする。だから潰れてくんだ。でもお前はそうじゃないだろ? 意思をしっかり持て。誰のために何をしたいのか考えろ」


 強いものが潰れていくのを間近で見たことあるような、そんな口ぶりをする彼。どこかそれが晴太sんの実体験のように感じて不思議な気持ちになる。

 もしかして。


「晴太さんって、もしかして私と同じですか」

「何が同じかは知らないが、俺も過去に色々あった。だから無所属……孤独に生きてんだ」


 彼の目は確かに孤独を生きているかのように、濁っていた。光さえも乱暴に振り払い暗い場所をひとり生きているような、そんな意志のある目。

 その目は私を映していて。


 〝お前にもまだ別の道がある〟


 そう提案されたように感じた。溢れていたものは止まる。この道があることは知ってた。でも自分で選べなかった。本当は孤独に生きていたくないから。人と触れ合って、生きていたい。

 でもそれはただの私の我儘。本当の覚悟を決めるときが、きたようだ。


 さっきとは違う目をしている私に満足したように笑っている晴太さん。何故だろう。どこかで会ったことがあるように感じるのは気のせいだろうか。


「お前の道は、お前自身で決めるんだ。因果なんて関係ない。そんなもの切り開いてみせろ」

「はい!」


 私は晴太さんに別れを告げて移動式神に乗る。そういえば晴太さんは名字を名乗らなかったな。過去に色々あったと言っていたし家のことも話したくないんだろう。名字なんて、知っていてもいなくても問題はない。あと、どうして私が因果のことで悩んでいるのを分かったんだろう……。



 色々考えながら陰陽寮に戻ると私はまず倉橋さんを見つけ、所属を抜け無所属になりたいと説明した。まあ、当然のことながら凄い勢いで止められたし蘆屋さんにまでも話がいって鉄拳を落とされた。同僚からも説得されて、ついには隣の井東さんが出て来たほどだ。重大なことのされかたに驚いたが私の意思が変わることはない。


 それが二人にも、周りにも伝わったのだろう。話を上まで通してくれた。

 すると次は土御門くんがやってきて。どうしてこうなったのか事の経緯を聞いてきて。凄い形相だったので驚いたが、説明すると渋い表情を浮かべたが彼は誰よりも私の気持ちを分かっている。みんなみたいに止めることはなかった。そして目も合わされないまま、上へ報告しに行った。


 土御門くんの助言のおかげで陰陽寮の許可は簡単ではなかったが取ることができた。次はお家だ。

 月並家には無所属になり、更に単独でも任務を強化し、更なる力をつけたいと言えば面談もなしに意見は通った。瑞樹は見習い試験を合格したし、今は自分自身を守れるように成長している。同じ部署に所属しているとはいえ任務が被ることは少ない。だから無所属のほうがやりやすいと感じたのだろう。別に私はなんでもよかったから家と意見が合えばそれでいい。



 そして正式な陰陽師になってから約半年。私は無所属の陰陽師として、活動することになった。

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