第3章 壊れた歯車
第1話 大きな罪
「……先生、治るんですか」
「正直なんとも言えません。土御門真翔さんは最後に見た人を忘れる呪いにかかっています。その呪いをかけた妖は特殊な術を持っているのでしょう。それに霊力もほとんど抜かれています。霊力が入れ替わるので、霊力が全回復しても記憶が戻るかどうかは……」
「そう、ですか」
真翔くんはその身に呪いをかけられた。金童子により、一生解けることのない呪いを。
私以外の人にとっては大した呪いじゃないだろう。土御門も無理やり呪いを解いたりしない。だけど私にとっては、人生にとってかけがえのないものを失くしたんだ。柚葵の次は真翔くん。私は一体何をしたんだろうか。
ねえ土御門くん。前の私はどんな罪を犯したの。
どうして、大切な人が巻き込まれるの。
「……月並。最近様子、おかしいな」
「無理もないわ。唯一の同期の記憶が、ね」
倉橋さんと蘆屋さんが前よりもっと私のことを気にかけていた。同僚だって、気を遣っているのか菓子を貰ったりしていて。空元気なのが、見ていて痛々しいのだろう。顔を歪める人だっていた。
真翔くんは霊力回復のため実家である土御門家に戻って療養することになった。実質の無期限休職。なのであれから顔を合わせることはなかった。真翔くんの顔を、声を聴くだけで涙腺は崩壊しそうだし、正直助かった。
任務に復活する前の日。黙って内職をしているだけの私がいる部署に、土御門くんが顔を出した。あたりはわざわざ騒がしくなるけど、土御門くんの声は私に届く。
「月並さん。ちょっといい?」
「……うん」
真翔くんの様子を見に来た以来、顔を合わせなかった土御門くんが私を呼び出した。個人部屋の扉を開けるとすでに当たり前かのような動作で聴力衝撃の結界をかける。
そして懐より式符を取り出して、式神を出した。
その澄んだ霊力と強大な力は、以前会ったことのある青龍のようだった。
「
「失礼を承知で。この者には前世の因果が降りかかっており、すでに取り返しがつかないかと」
「……やはり、そうか」
「私は、大きな罪を犯したのね。今に降りかかるほどの、大きな」
六合、と呼ばれた式神は十二天将の六合だろう。まさか式符にまでしているなんて驚きはしたけれど土御門くんのことを考えるとむしろしないほうがおかしなことだしわざわざ聞くことはなかった。六合は調和と平和を司る神。平和的ではない私はすぐに見破られてしまった。その口ぶりから前世さえも、分かっているのだろう。
口ごもる土御門くん。私は、私自身を卑下する気持ちが止まらない。
大切な人を傷つけて、それでいてまだ記憶が戻ることを期待してしまっている。そんな可能性はほぼ零に近いのに。私は彼を巻き込んで、期待する権利なんてないのに。
「私は、大きな罪を犯したんだね。今に、降りかかるほど大きなものを」
「月並さん。これらは全て君のせいではないよ。決して、君が何かしたわけじゃない」
「でも因果なんでしょ? なら私がしたようなものじゃない。金童子だってきっと私が」
「北星殿。この者に前を教えてはいないのですか?」
「……近い内に自分で知る機会が来ると思ってね。あと僕の口から話すことではない」
「それはそうでございますが」
式神が主に話すように説得している。それほどに重大なことなんだろう。だけど土御門くんが頑として口を割る気配はない。本当だったらすぐにでも私が対処しなければならないことなんだろう。でも土御門くんは自分自身で知るべきだと言う。でもその機会が来る前に私はまだ、人を殺すかもしれない。
私はどうすべきなんだろう。どう、行動すべきなんだろう。自分自身が行方不明だ。
「ねえ土御門くん。せめて、前の私と金童子の関係だけ教えてよ。そうじゃないともう対処できないよ」
「……断片的に言うよ」
前の私、前世はある陰陽師と共に安倍晴明を裏切ったという。清明にとって大きな、それは大きな分岐点となりえるほどの出来事で。涙を流しながら語る土御門くんと、恨みを隠しきれていない式神が対称的だった。
その陰陽師が酒呑童子と繋がっており、酒呑童子は陰陽師の導きにより清明と対峙したのだが清明によりその身を駆使して封印され計画は破綻。その際に私は裏切ったことの代償として、裏切り者の陰陽師と共に炎に焼かれたらしい。
私の因果は、ざっとこうらしくて。節々を省いているとはいえそれは大きな、罪を犯していた。
安倍晴明は強大な陰陽師で、ずっと人々に慕われてきた。そんな清明を裏切った前世はさぞ人々に恨まれ、呪いのように炎で焼かれただろう。
「僕はその後を詳しく知らない。でも式神を通じた見たものは……」
「うん。ごめんね、話させて。これ以上は、大丈夫」
辛そうな土御門くんこれ以上何も言えなかった。あんな表情は見たことがない。表情からして前世は安倍晴明にとって重大な存在だったのだろう。そんな存在に裏切られて、最期を自分の目で見ることなく炎に焼かれた。式神を通してそれを見たのは、相当辛いことだっただろう。
土御門くんはこんな同情望んでない。私が同情していい立場じゃない。だけど、同情せずにはいられなかった。
「貴方は、前の貴方は大きな罪を犯した。それは今の貴方に返せるものですか?」
「……正直分からない。でも、返さないといけないものだと思ってる」
「左様ですか」
今の私には、私にしかできないことがあるはずだ。それを探さないといけない。
そして私に降りかかる因果は、相当なものだと知れた。恐らく、まだ人を殺す可能性がある。もう誰も巻き込まないようにしないと。
誰とも、関わらないことにしないと。
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