第9話 親しい人
「久しぶり! 痛そう……ね」
障子を開け、勢いのままこちらへ寄ってくる瑞樹。先に当主様から聞いていたのだろうか、大怪我を負い療養のため戻ってきている私に向かって、心配そうな表情を浮かべえている。
背中の傷は服によってどれほどのものか見えないけれど、頭に巻かれた包帯は丸見えで。頬にも大きな綿紗が貼られていて。見るからに痛々しいだろう。近くを通りかかった女中にお茶を持ってくるようお願いし、私を部屋の中に入れた。
部屋の中は2年前と何も変わっていなくてどこか安心する。
「その怪我、どうしたの?」
「先日の任務で上級の妖に遭遇しちゃって。療養のために3日前から戻ってるの。瑞樹は?」
「私は見習い過程卒業試験にもうすぐ行けそうだって報告! あと3件任務をこなしたら条件を満たせるの」
「そっかおめでとう。瑞樹で私達の代、4人目になりそうね」
「まだ4人かぁ……やっぱり難しいよね」
「これからみんなのぼってくるよ」
私達の代は土御門くん、私、真翔くんが頭1つ分抜けているとずっと言われてきた。でも瑞樹を含めた他の同級生が無能なわけじゃない。むしろ特記しすぎているのだと先生も話していた。普通なら3年、4年目ほどからぽつぽつ合格者が出るのに私達はほぼ2年以内で合格した。土御門くんに至っては半年だ。
学園の先輩だってあまり合格していない中なので余計にそれが目立ってしまって。同級生が劣等感を感じているのも耳にしたことはあった。
私達3人が抜けてからは同じ教室の子はのびのびと修行をできているようだった。少しずつ学園の先輩も試験までたどり着く1歩手前まで頑張っているそうだ。
私の方は瑞樹の今後に役立つ陰陽寮のことや同僚、上司の話など沢山することができた。半年以上も顔を合わせていなかったので話は尽きることがなくて。女中がお茶を持ってきたのも気づかなかったほど、夢中になっていた。
話はひと段落した時。瑞樹が少しじれったそうな顔をしていた。でも私は何を聞きたいのか察することができなくて、瑞樹にその旨を話すと気恥しそうに口を開いた。
「真翔くん元気?」
「……元気よ」
「そっか! 仲良くしてる?」
「隣の課だし土御門くんは上にいっちゃってるからほぼ唯一の同期みたいなもんだから仲良くはさせて貰ってるよ」
「よかった! 二人のこと心配だったんだぁ」
「そう」
瑞樹が卒業後関わりのなくなった真翔くんを今も気に掛ける理由なんて1つしかない。私は学園にいた時から気づいていたけど瑞樹は多分自覚してない。前からその感情をわざわざ引き上げる理由は私にはないからその手の話を振ることはない。私に得なんて、ないから。
でもどうしてだろうか。二人がいる光景を思い出すと胸が痛くて、苦しくなる。
学園にいた時とは、また違う感情。
「私もすぐに二人に追いつく! 負けないよ!」
真っ直ぐで、純粋な瑞樹を私はいつの時からは直視することができなくなった。月並家直系の子、なんて瑞樹にとっては些細なことだろう。もしかしたら頭の片隅にもないのかもしれない。
だけど私にとって瑞樹は護衛対象で、瑞樹を守ることが私の仕事。瑞樹を死なせない、これが私が月並に今でも置いて貰える最大限の理由だった。瑞樹が私よりも強くなることはない。私がそれ以上に強くなるからだ。
でも今、強くなる理由はそれだけじゃない。それだけのために、強くなったわけじゃない。
そう思えば思うほど、何かが狂っていくような感覚がした。
それから1週間が経って。私は療養を終え、陰陽寮へと戻った。部署は相変わらずせわしなくて、慌ただしい。怪我が完治しているとはいえ完全に復帰できるわけじゃないから同僚の仕事の補助しながら過ごす日々。任務を終えてから同僚と話す時間も増えた。
「桜香ちゃん!」
「鈴木さん……」
「今日任務地の人から頂いたの! 桜香ちゃんにもおすそ分けよ」
「わざわざありがとうございます」
私の怪我を1番心配してくれて、1番気にかけてくれている大事な人。鈴木さん。
鈴木さんは私と実力はほとんど変わらないけど歴が違う。実力だけで物事を測ることはしないし、それだけを理由で交友関係を築くことはない。年だってあまり変わらないけど、よくしてくれる鈴木さんに懐かずにはいられなくて。良い関係を築けている、と倉橋さんから言われるようになった。
でも、親しくしている人は亡くなる。柚葵のことから丸2年が経過したその日だった。
「え? 殉職、ですか?」
「……ええ。階級間違いが起きたらしくてね。こっちでも調査中だけど、どうも」
鈴木さんが死んだ。頭が真っ白になって、何も考えられなくて言葉が浮かばない。でも倉橋さんのどこか含みを持ったその言葉だけは瞬時に理解できて。鈴木さんは仲間殺しにあったのだ。いつか、こうなることは分かってた。同僚が仲間殺しされて、それを弔わないといけないことが1度は起きると、分かっていた。
だけどそれがまさか鈴木さんだとは、力を持たない4級の陰陽師であるとは思っていなかった。
先輩は陰陽師家系だけど名家でもなく、家は月並以下。小競り合いも、憎まれることもあまりないと聞いていたのに事は起きてしまった。もういつ、どこで混乱に乗じて殺されるか分からない。倉橋さんも調査中だと言っていたがその正体が判明することはないだろう。
どこか他人事ではないそれに、私は恐怖を感じる。
「桜香さんも気を付けなさい。いいわね」
「……はい」
百鬼夜行の連続。東都と北都の一時的な崩壊。酒呑童子の配下の存在。
千年もの間保たれたその均衡は、私達の知らぬ間に崩れていたのかもしれない。
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