第2章 正式な陰陽師

第1話 二人の上司

「おはようございます」

「月並桜香さんね。こっちよ」


 11月。私は陰陽師の活動拠点である陰陽寮のある一室にやってきた。襖や障子で仕切られたそこにはこの京都で一番強い錯覚効果の入った結界が入っており、厳重だ。四方に貼られた札も特徴的で、どこか月並家を彷彿とさせる。規模は当然こちらの方が大きいのだけれど。


 机を挟んで目の前にいるのは二人。物腰の柔らかそうで、目元にあるほくろが特徴的だ。真翔くんのような優しい雰囲気の女性だ。もう一人は目を覆う大きな黒眼鏡。表情があまり読み取れず冷たく、厳しそうな雰囲気の男性。

 対称的な二人に共通するものはただひとつ。〝強い〟ということ。


 私なんて足元にも及ばないぐらい強いだろう。実践を沢山積んで、色々なことを学び、積み上げて来た熟練の陰陽師の気配。

 膝の上に置いている手を強く握りしめる。


「私は倉橋京子くらはしきょうこよ。この人は蘆屋太郎あしやたろう。私達二人が桜香さんの直属の上司になるから、任務の振り分けだったりは私達が指示するからね。これからよろしくね?」

「はい! よろしくお願いします」

「……京子。此奴はいける」

「あら。太郎がそんなこと言うなんて珍しいじゃないの」

「度胸がありそうな肝の据わった女だ」


 一度も口を開くことはなかったのに会話を割り込むように黒眼鏡を下げ、こちらを見る蘆屋さん。その目は私の実力を見定めるようで。でも会話の流れ的に合格、ということなんだろうか。倉橋さんは満足げに口角を上げているし、二人は親し気な様子だ。

 それに倉橋と蘆屋。どちらも陰陽師の中で名家として有名。〝蘆屋〟なんてものは特に稀で。名家ではあるが陰陽師として表舞台に立つ人は少ない。年々数だって減っているのにどうしてこんな、下級陰陽師が所属する部署なんかにいるのだろうか。いて、いいのだろうか。


 色々考えているとすっと目の前に手が差し出される。蘆屋さんだ。

 驚いたようにその目を見れば顎を前へ動かす。握手、ということなんだろうか? 合っているかは分からないが差し出された手をゆっくりと握る。すると背筋が凍る。繋がっている手を媒介に蘆屋さんに霊力を感じる。

 恐ろしくて、土御門くんとはまた別の圧を感じる。怖い、ただそれだけを感じさせられた。


「こら。手を媒介に霊力当てないの。怖がってるでしょ」

「俺に耐えられなきゃ部下なんてやってられねぇな。俺の任務に時々教育として同行させるんだ。気迫に負けてちゃ邪魔になる」

「まったくもう……桜香さん大丈夫?」

「……はい」

「どうか太郎のこと怖がって避けてあげないでね。ぶっきらぼうだけどいい人だから。同期の私が保証するわ」


 倉橋さんにそう言われる。中身が良い人でも怖いものは怖い。だけどこの人からは色々なことを学べるはずだ。指導を受けられればもっと強くなれる。避ける理由は、ない。

 ここじゃ月並流陰陽師ってことは通用しない。ただの一個人、月並桜香という陰陽師としてここにいるんだ。頼る場所はないし、自分で自分の意思で強くならなければならない。先輩の技やを目で盗んでいかないと。


 心を観察し、目で技を盗む。かつて瑞樹の師匠から教わった言葉だ。あの時は目で技を盗む機会なんて来ないと思ってた。でも、今がその時だ。

 決意を固めていると倉橋さんが懐から折りたたまれた紙を取り出し、机上に広げた。


「さて。まずは陰陽寮の仕組みから説明しましょうか!」


 陰陽寮には大きく分けて3つの部署がある。内勤、外勤、隠密の3つだ。


 内勤は陰陽師見習いの過程を卒業できない人達の所属する場所。いわば任務になる前の情報集めの部署だ。結界に妖気を感じると内勤が情報をあげ隠密へ指令が渡る。任務が作られるための大事な部署だ。


 次は外勤。一般的な陰陽師が所属する場所。階級により部署も異なり、特、1級部署。2、3級部署。そして4級の部署だ。基本的には階級で分けられているが4級部署だけは様々な階級の陰陽師が所属している。最低階級の殉職を防ぎ、教育をするためだ。私は今4級部署に所属している。部署が分かれてもそこから更に課として分けられるので部隊は細々としている。


 最後に隠密。ここは内勤が任務情報を得て外勤に振り分けられる間、つまり階級の調査などを主としている部署だ。危険が伴うため1級以上の陰陽師しか所属できない実力主義の部署。なので人数も少なく、その実態もあまり表だって知れ渡ることはない。隠密部署代表以外は顔すらも割れていないのだ。


 この3つの部署が陰陽寮の占めており、見習い過程を終了した陰陽師はどこかの部署に所属することが決められている。

 だが例外もおり、無所属を呼ばれる陰陽寮に所属しておらず陰陽寮を通じて任務のみ受けている陰陽師だっている。集団行動ができない人だったり、個人行動が許されるほど強い人など陰陽頭に許可されたもののみ無所属になることができる。全体の1割以下であり、ほぼ存在していない。


「ざっくりこんな感じかな? 陰陽頭の顔は試験で見たよね?」

「はい」

「あまり関わることはないだろうけどしっかり覚えておいてね。いざ、という時誰が陰陽頭を守るか分からないから」

「……はい」

「話は終わったか? ならさっそく任務といくか」

「そうね! 場所は南のここ。移動式神とか持ってる?」

「まだ持ってないです」

「なら最初は私のを貸すわ。任務に行っている間に移動式神の貸出申請をしておくからここに名前と書拇印、押してくれる?」

「分かりました」


 差し出された紙を読み、名前を書き朱肉に人差し指を落とし紙に付く。倉橋さんに差し出すと早急に申請に行くため急いで立ち上がった。倉橋さんを目で追っているといつの間にか蘆屋さんが移動しており、倉橋さんとは反対の障子を開く。着いてこい、と言われたので後ろを着いて行くと空が見えないほど長い階段が見えて来た。

 蘆屋さんはそれを易々と上っていくので必死に着いて行くこと2分ほど。思っていたよりも階段は短くて、上り終えたその先には様々な移動式神と陰陽師がいた。


「基本的にはこの屋上を通じて、東西南北の任務へ向かうんだ。ここには番人がいて、任務を遂行しているかどうかの確認を行う。ようは怠け防止だな。緊急の任務だったり伝令式神を通じて帰省中に受けた任務とかは例外だがな」

「なるほど」

「これ京子の移動式。緩く霊力込めると形になるから気を付けろよ? 行ってこい」

「はい!」


 狐面をつけた番人の人に確認してもらい、蘆屋さんから任務内容が記されている紙を受け取る。近くに人がいない場所を選び移動式神に霊力を込めると、私の体3つ分ほどの龍が出て来た。驚いて後ずさりしてしまったが龍は私が乗りやすい用にこちらへ背を向けた。慎重に体を預けるとすでに任務地は倉橋さんより伝達済みなのかゆっくりと浮上し始めた。

 屋上を見下ろすと軽く手を上げている蘆屋さんが小さく見えた。倉橋さんの言う通り、ぶっきらぼうだけど面倒見の良い人だ。怖かったけど。


 私は小さく息を吐き、任務へ集中するため龍の体を緩く掴みながら渡された紙を読み込む。

 一人で任務へ行くのは今日が初めてだし心の準備なんてまだ終わってないけど、もう引き返せないししっかりやらないと。

 4級であろうと、油断は大敵だ。

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