第2話 ひとり

「ここ、かな」


 指示をすると龍がゆっくりと沈下していく。ここは南の外れ、正確に言えば南西の方角。

 海の近い南は京都に比べて比較的暖かくて、妖の湧きにくい場所。だけど暖を好む妖もいるし霊門も例外なく開くので他の地に比べ低いだけで妖は沸く。

 南はこういった特徴により陰陽師の中では〝4級陰陽師の育成場〟として有名だった。滅多に2級以上の妖は出てこないし、霊脈も多いので霊門の開門が分かりやすい。それにこの地に出て来た妖の力ば膨大する〝霊山れいざん〟もない。うってつけの場所だった。


 今日の任務内容は洞窟の奥にある霊門を閉じることと、霊門より出て来た4級の雪女を祓うことだ。暖地なのに雪女がいることは極めて稀であるが、4級なので新人である私に振り当てられた。移動式神に乗っていた時に雪女特有の結晶が落ちているのを見つけた場所はこのあたりなので恐らく妖気を最小限にして隠れているのだろう。

 少し歩くと木々に隠れている雪女を見つけたので少しの間観察することにした。苦手な暖かい土地いるので弱っており、足元が溶けている。すでに自滅一歩手前で私が手を出す必要はないようだが祓うことが任務なので隠れている雪女に向け火炎砲を打つ。見事命中し燃える雪女は叫び声を上げながら消滅した。



 祓うことはこれで終了だ。4級とはいえ呆気のないものだ。

 次は霊門を閉じる。火炎砲を放ってから霊脈が少しずつ乱れているように感じる。早めに閉めないと妖がこちらへ出てきそうだ。

 洞窟に到着するとしゃがんだままではないといけないほど小さなもので、私は小さな懐中電灯を取り出し周りを照らす。少し進むとすぐに霊門が出て来た。


 自立した岩が長方形となり形を成している。様々な色に光るその中は常世に繋がるため微かに妖気が漏れ出していた。いつかの日、興味本位でこの霊門を覗いた陰陽師がいた。その陰陽師は霊門を通じ常世に行った部分は切れた。頭だったので即死であり、常世へ出た頭はもうこの世へ戻ってくることはなかった。霊門より先は、この世を生きる人々が通ることはできない。今まで研究として物を通すことはあったがたとえ死者でも人が霊門を超えたことはなかったので、初めて立証されたことだった。


 霊門の先は、常世のものしか知りえることはできない。興味があっても、覗くことはできない。

 そして私はそこまで常世に興味がないので、ゆっくり精神を整え親指と人差し指、そして中指を立てこう呟いた。


「安部清明よ。霊門を閉じ、我らの平和を取り戻すことを、お願い申す」


 霊門を閉じるための言葉、閉言を唱え、ゆっくりと霊門へと流れるように霊力を体より放出する。すると少しずつだが光り輝いていた霊門が閉じる。最後は扉となったその門にそっと触れ、自力で絞めれば閉門完了だ。当分の間、開くことはないだろう。


 正式な陰陽師としての初任務は、何事もなく無事に終えることができた。

 安心したように息を吐き、洞窟を抜ける。外はここへ来た時よりも空に雲がかかっている。早めに戻らないと途中で雨に降られそうな、そんな天気だ。

 移動式神に霊力を込めると姿を現す。変化している天気に気づいたようで、屋上の時よりも早い速度で浮上し始めた。速度を出しそうなのでぎゅっと龍に捕まると準備が完了したと思われたのか物凄い勢いで空を飛ぶ。

 吹く風が行きよりも髪を乱すが、気にする余裕なかった。痛いかもしれないけれど握る手に力を込める。今にも吹き飛ばされそうだ。少しでいいから、我慢してほしかった。


 行きの半分の時間で戻って来ることが出来て龍の頭を少しだけ撫でると嬉しそうな顔をした。その姿が凄く可愛くて、今後自分の移動式神を作ることができたら龍にしたいな、と思った。


 屋上を出て階段を下りると大方の帰還時間を予想していたのか蘆屋さんの姿が見えた。


「予想より早かった」

「対象は雪女で南の地でしたので自滅寸前でした。霊門を閉じるのは初めてだったので少し手間取りましたが……」

「この時間で収まっていれば上等だ。報告書は明日までに俺のとこに。あと移動式神の申請がまだらしくてな。完了次第京子の場所を知らせる」

「分かりました」


 部署へ戻り、自分用に開けられた机に報告書を置き座る。異常事態は起きていないし、報告書は簡単に書き上げることができた。

 内容は名前、日付、所属部署。任務地と対象の妖名と使った術。閉門の有無のみ。異常事態が起きれば特記事項として記入するが特にないの私はこの7つのみ。見習い過程の頃と報告内容は変わっていないので10分ほどで書き上げることができた。蘆屋さんに提出すると移動式神の申請が終わったようなので、倉橋さんの居る場所を教えてもらった。

 陰陽寮は複雑なので簡易的な地図を貰ったがあまりにざっくりとし過ぎていたためか辿り着くことができなくて今どこにいるか確認するために周りと地図を照らし合わせていると迷子になっていることに気づいた他部署の陰陽師に場所を案内してもらうことになってしまった。

 そういえば昔、瑞樹に方向音痴だと言われたことがあるような……。


「新人さんよね?」

「はい。今日付けで配属されました」

「あらそうなのね! 陰陽寮は複雑だから迷っても仕方ないわ……上司は? 忙しいの?」

「報告書の確認に追われているらしくて。簡易的な地図は貰ったのですが……」

「あららこれは分からないわね……大丈夫よすぐに慣れるわ!」


 お姉さん、佐藤さんは丁寧で優しい人だった。私は当たりの人に道を教わることができた。道中もここが何とか、ここを曲がれば何がある、とか細々したことを教えて貰って凄く助かった。倉橋さんと蘆屋さんは私以外にも沢山の部下がいるので新人とはいえ私ばかりを構う暇はない。だからこうやって誰かに道を教えて貰うことは凄く有難いことだった。


 10分ほど歩いた頃。ようやく着いたようで佐藤さんと別れることになった。


「わざわざありがとうございました! とても助かりました」

「いいのよ! またご縁があればその時に、ね?」

「勿論です。この御恩は必ず」


 笑顔で手を振る佐藤さんにお辞儀をして目の前にある扉を2回叩く。陰陽寮は障子や襖で仕切られている場所と、扉で仕切られている場所の二ヶ所がある。このあたりは扉で仕切られている場所。

 少しすると倉橋さんの声が聞こえて来たので扉を開けるとそこには倉橋さんとは別にもう一人、別の人物がいた。

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