第8話 強くなりたい

 初めての友人を失って、1ヶ月が経った。あの事件は東都百鬼夜行事件と名付けられ、1か月も経てばある程度の修繕は完了し、落ち着きを取り戻していた。

 柚葵のお兄さんから伝令式神が届き、お墓の場所を教えて貰った。先生や寮長に外出許可を取ってお墓詣りに出かけた。柚葵が好きだと言っていた造形だけど桜の枝を持って。お墓を綺麗に洗って、お線香に火をつけて、桜の枝を置く。綺麗に挿されている花は吹く風により揺れている。煙の匂いがして、ぼうっとしていた思考を引き戻し手を合わせ、目を瞑る。柚葵との思い出が走馬灯のように脳内を駆け巡り、枯れたはずの涙が出そうになる。


 柚葵はここにはいない。だけどここは柚葵のかけがえのない居場所。死後、陰陽師は一般の人よりも高い霊力を保持していることですぐに輪廻の輪に乗り転生することができない。霊として、お墓を拠点に全国、あるいは海外を巡るらしい。だからここは柚葵にとっての家。柚葵はまだ、存在している。


 だからこそ柚葵が全国を巡って、楽しんで、輪廻の輪に乗って転生するまでもう涙は流さない。どれだけ辛くても、寂しくても、心配性な彼女に心配はかけたくない。友人思いの、暖かい心を持つ子だから、心を酷く痛めるだろう。


 また来るね。

 そう心の中で呟いて立ち上がろうとすると遠くに土御門くんが見えた。その手には数珠と線香、そして美しい花があった。



「あれ。月並さん」

「土御門くん……どうして」

「実は、柚葵には生涯言うなって言われてたけど幼い頃からの顔見知りでね、友人だったんだよ。僕はそう思っていたけど、ね」


 視線を逸らしたように言う土御門くんの瞳の奥には絶望の色が光っていた。

 柚葵と土御門くんの関係は、柚葵から秘密裏に聞いていたので知っていた。試験合格のことなど正式に発表されるまで内密であることを倉橋本家とはいえ柚葵では知ることができない情報だ。だけど知っていた。それを疑問に思ったことを彼女は察して、信頼してるからって教えてくれた。

 土御門くんのことを話す柚葵はきらきらしていて、少し嫉妬したのを深く覚えている。


 幼い頃から知っていて、友人だと称している柚葵が亡くなったのは土御門くんにとっては痛手で。自分の家が彼女を殺した。そう、思わざるを得ない状況に、傷心しているだろう。



「……きっと、柚葵は土御門くんのこと大事に思っていたよ」

「僕は柚葵に何も、返せなかったけどね」


 自分を卑下するように言う土御門くん。これ以上は何を言っても聞き入れないだろう。

 ここは柚葵の家の前。暗い話をしていては、心配する。


「ねえ、土御門くん」

「なに?」

「私、強くなりたい。土御門くんも、真翔くんも守れるぐらい強く」


 式神術も、霊術も九字も。全部完璧にしたい。もう誰も死なせたくない。

 土御門くんよりも強くなるなんて無理かもしれない。でもやるんだ。柚葵が見てる。誰かを死なせると柚葵が悲しむ。もう彼女に辛い思いをさせたくなんてないんだ。


 だから私は誰よりも強くなる。陰陽頭にだって、勝ってやるんだ。

 炎のように燃える瞳を見たのだろうか、土御門くんは口角をあげた。


「月並さん面白いね。いい人、紹介してあげよっか」

「……いい。自力で頑張る」

「いいね。それでこそ月並さんだよ。僕は明日から2級になるよ。ついてこられる?」


 煽るように言うその言葉。挑戦状として、受け取っていいだろうか。


「絶対ついていく。置いていかせないから」


 私は柚葵にも、土御門くんにも宣言するように言いお墓を立ち去る。

 見てて、私は強くなる。誰にも負けない、誰も一人になんてさせない。


 瑞樹だって守る。月並から見放されない。月並を私の手で上へあげてやる。

 それぐらいの意気でやっていくんだ。17歳までに卒業するんだ。


 1年修行を詰め込んだし、人と馴れ合いだってしなかった。強くなるために孤独を生きたし、孤独を選んだ。

 真翔くんとだって話さなくなったし、瑞樹も私の覇気を感じて近寄って来なくなった。家も私の気持ちを汲んだのか任務を詰めてくるようになった。同行する陰陽師の人に少しずつ褒めて貰えて推薦状を出してもらえた。


 あの頃より強くなっているのに土御門くんとの差は大きくなっていく。彼はこの1年で1級にまで昇級した。どんどん強い妖を祓って名をあげていく。もう土御門北星の名を知らぬ者は誰一人いないほどに。彼はずっと私のことを見向きもしない。でも追いかけることを辞める理由になんんて、一切ならなかった。なんならそれに対して燃えるぐらいに、私は熱くなっていた。


 そして16歳になって3か月。私はついに陰陽師見習い過程の卒業試験にありつけた。


「桜香おめでとう! 頑張って!」

「うん。ありがとう」


 瑞樹から祝いの言葉を貰って試験会場へ向かう。

 試験会場には陰陽頭、その補佐をしている賀茂家の人間が数名。そして土御門北星。同世代が試験に挑むので呼ばれたのだろう。それに学園で共に学んだことも知っているはずだ。

 緊張は途切れないけど不思議と脳内は澄んでいる。落ちる気は、一切ない。


「始めます」


 最初に式神術。私はこの半年で式神を2体作った。1つは人型。名を〝葵〟柚葵の漢字を一文字頂いて名付けた。葵は北西の位置にいる水神天后の力を一部含めている。なので雨の日に強い式神。私の一番の相棒。

 次に霊術。火、水、木、金、土の五行全てに属した技を習得した。火の火炎砲。水に水天竺。木も木風。金の金陽花。土の土ノ壁。全て習得するのに苦労したし沢山怪我した。だけど五行全て習得せねば土御門くんに勝てない。

 次に九字。護身のために多く使われる護身術。手で印を結び空中に線を描くことで妖とこちら側に一線を作る。種類は沢山あるしお家によっても呪文は様々だ。あまり九字を使う陰陽師はいないし、難しいが派手ではないので好む人も少ない。


 試験は主にこの3つ。私は対策を練ったし、このため1年死に物狂いでやってきた。誰にも負けないで、誰にも慰められないで。孤独に修行を重ねた。

 落ちるはずない。落ちるわけがない。


「そこまで。月並桜香。陰陽頭、賀茂重忠が陰陽師として正式に認めよう。見習い過程を卒業し、正式に陰陽寮へと務めよ」

「はい!」


 月並桜香16歳。2月1日より正式に陰陽師になります!

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