第7話 倉橋柚葵
「ねえ。
「それ本当? 本当ならただ事じゃないよ」
「多分本当。家から聞いた話だもの。もしかしたら
「……東都は、
「だよねぇ。賀茂なら、心配することないよね」
賀茂家は陰陽師の始祖、安部清明の師匠である
そんな賀茂家の守る東都に百の妖が集団となり、人々を襲う百鬼夜行が霊門より出た。由々しき事態だろう。百鬼夜行が常世より出て来たなど、どれほど大きな霊門が開いているか分からない。感化されて地方の霊門が開く可能性だってある。一概に大丈夫、と言える事態ではない。だけどただの陰陽師見習いにはどうすることもできない。大人に任すことしかできない。
そう柚葵と話していたのに事態はそうもいかなくなった。
任務の報告書を書いていると部屋の扉が叩かれ、開くとそこには暗い顔をして目に涙を浮かべた柚葵が立っていた。部屋の中に招き入れると膝から崩れ落ちた。慌てて柚葵を支えるが本人はそれどころではなかった。
「桜香。私、倉橋として戦場へ行くことになったの……」
「嘘でしょ。倉橋は東都が管轄じゃないでしょ? それに賀茂がいるのにどうして……」
「土御門が、人を出さないって言うから倉橋に案件が回ってきたの。宗家の尻ぬぐいよ」
いつの間にか泣き止み悔しそうに唇を噛む柚葵。よく見ると服はすでに狩衣に着替えられており準備万端で。彼女がどれだけの想いでここに来たか、分かってしまった。
彼女にとって土御門の尻ぬぐいなどいつものことなのかもしれない。だけど色々な人に学園で触れて、自分も強くなることができた。これから見習い過程を卒業して、仲間と共に妖を祓う。それなのに結局は宗家の尻ぬぐいとして未熟なまま戦場へ出ることになった。一般家系の子や他家が羨ましくて仕方なかった。私は戦場へ行きたくない、死にたくない。
まだ強くなりたい。ここに、いたい。
柚葵のそんな気持ちがひしひしと伝わってきて。私も悔しくなる。
本家でありまだ見習いである柚葵を出すということは、今回の件倉橋はほとんど関与することないだろう。そして優秀な自家の陰陽師を賀茂の援護として出す理由はない。だからこそ見習いや下級の陰陽師を形だけでも援護するように出して、今回の件で恩を売るのだろう。
決して、死んでも倉橋に損がないように。
そこまで読み取れたのに、力を持たない私ではどうすることもできない。柚葵を戦場へ出さないことは、私だけでは到底できないのだ。それが悔しくて悔しくて堪らない。
「お別れを、言いにきたの。今の私が戦場に出て五体満足で帰ってなんて来られないし、奇跡が起きて帰って来られたとしても陰陽師としてここには帰れない。一人にごめんね、桜香」
「……謝らないでよ。柚葵は、何も悪くなんてないでしょ?」
「そう、よね。私悪くないもんね。何もしてないもんね」
「生きて、帰ってきて。陰陽師として友人になったわけじゃないもの。生きてさえいればそれでいい」
「……ありがとう。必ず生きて、帰るよ」
小指を絡め結ばれた約束。
私は初めて発した言葉に自らの意思で言霊を乗せた。柚葵が帰ってこられる可能性はほぼ零に近いだろう。だけどもし、何かの拍子で私の言霊が発動すれば彼女は戻ってこられる。あちら側へ行く理由がなくなる。
こちら側へ引き留める理由の1つになれば、それでよかった。私ができることは、これぐらいしかないのだから。
絡めた小指を離し、私に背を向けて去る柚葵に、祈りを捧げる。
必ず、帰って来られますように。
そう、強い強い願いを込めた。
柚葵が学園を出て東都へ向かって二日が経った。
真翔くんから東都に出た百鬼夜行の主が死に、百鬼夜行を全滅させたとの報告が入ったと教えてもらった。被害が大きくて、東都の半分以上が破壊され東城が修繕不可能になった。今は賀茂と倉橋の双方が全面協力し東都の修繕に向かっているそうだ。
柚葵の行方を聞くが真翔くんが首を振ったまま。倉橋は死者の名前を表に出す気はないようで。真翔くんでさえもまだ柚葵の安否を確認することができなかった。
それから更に二日が経って。学園に見知らぬ男性がやってきた。その人は先生と話をして、寮の中、柚葵の部屋へ入った。私はそれだけで全てを察してしまった。だけど、予想を抗いたくて私はその男性に声をかけた。
「あの、柚葵は」
「ああ。君が月並桜香さんか。柚葵が〝生前〟お世話になったようで。柚葵の兄です」
「……お悔み、申し上げます」
「仲良くしてくれてありがとうね。今は無理だけど墓の場所を後々教えよう。線香をあげにきてくれれば、あの子もきっと喜ぶよ」
「……はい」
柚葵は、この戦いで亡くなったようだ。
私は初めて、友人を失くした。
柚葵との付き合いは長いようで短いものだった。いつからかお互い家のことについての話は避けたし、修行だって両の手で納まるほどだろう。陰陽師、だけでは片付けられないほど彼女は人として深く色々な話をした。
将来の夢だったり、理想だったり、恋愛だったり、結婚だったり。ただの友人として仲良くすることができた。お互いに外の知らない私達は外から見れば歪な関係だったかもしれない。だけど二人にとってそれはかけがえのないもので、暖かくて生涯変えるべきではないものだった。そう、思っていた。
だが片割れを失って、関係は音を立てて崩れ落ちた。
頬に伝うものは何だろうか。私は柚葵に何ができただろうか。沢山の感情を与えてくれた彼女に私は何を返せただろうか。
私はあの子に、何ができたのだろうか。
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