第6話 初めての友人

 任務をこなしながら授業を受ける二束わらじの生活に慣れ始めた頃。一人の転校生がやってきた。

 名は倉橋柚葵くらはしゆずき。土御門の分家である倉橋家本家の子で、怪我をしていたため入学が遅れたそうだ。彼女は碧眼を持っていて実力はこのクラスで上位を争うだろう。席は私の後ろになった。近くに女の子がいないので私が学園のことを教えることになったのだ。


「よろしくね。月並さん」

「よろしく。どこから行きたい?」

「んーどこからでも。興味あっても場所覚えられないの」


 諦めたように笑う彼女は物覚えが少し悪いと自分で語る。陰陽師のことはすぐ覚えられるのだがそれ以外のことはからっきしで。人の名前も1回に多く名乗られれば1つも頭に残らないそうだ。

 家ではそのことで随分苦労したらしく、学園ではその記憶力の向上も目標にしているそうだ。


 倉橋さんは初対面なのに凄く話しやすくて、親しみやすかった。それに名家の彼女とは共通点が多くて、主に家のことで話が合った。


「月並さんはもう任務就いてる?」

「うん。この学年の中だと割と行ってるかな」

「大変だねぇ。月並だし、しがらみも少なくないでしょ?」

「……そうね。でも倉橋家ほどではないと思うよ」

「あーうちは土御門が強いからみんなが想像するようなことはないよ。それに私本家だし余計に、ね」


 苦笑いする彼女。たしかに土御門の分家ではあるが有力な陰陽師を多く輩出している倉橋家本家であれば目の敵にされることはあるが直接手を出されることは少ないだろう。だがその視線がなくなるわけではない。お家のことで苦労するのは、陰陽師家系であれば誰もが通る道だ。

 大きいもの、小さいもの関係なしにね。


 学園の中を案内し終えると次は寮で。彼女は私の隣の部屋だったのでこれからも話すことが多いだろう。案内している中で話も合ったし、数少ない対等に戦える同級生。いい仲が築けると思った。

 その予想は的中して、私と倉橋さん……柚葵は二人で行動することが多くなった。


「桜香。職員室って、どこだっけ?」

「また? 柚葵そろそろ覚えなさいよ」

「本当駄目。全く記憶力向上しなくて困るよぉ」


 柚葵とはお互いの名前で呼ぶほどに仲が深まっていた。任務が始まる前から組んでいた土御門くんがその飛びぬけた実力により任務へ引っ張りだこになっているので柚葵と組むことが増えて。回数は少ないけど修行も一緒したけど、大きな理由はやはり寮の部屋が隣同士なことだった。


 消灯時間前までお互いの部屋を行き来して、陰陽師のこと以外を話して。恋愛話もするようになって。


 柚葵は私にとって初めて〝友人〟と呼べる存在だった。瑞樹は護衛対象であり、幼少期からずっと一緒にいるが友人とは少し違うかった。だからこそ柚葵との関係が凄く嬉しくて、少しだけくすぐったかった。


「そういえば聞いた? 土御門北星様見習い過程の卒業試験に合格されたらしいよ?」

「早いね。でも土御門くんの実力からしたら遅い方か」

「そうよね。ほんと頭2つ分ぐらい抜けてたもんね」

「14歳で正式な陰陽師かぁ。等級は4を飛ばして3級になりそう」

「桜香勘いいね。当たり」


 柚葵が入学してからは一度も顔を見ることのなかった土御門くんはいつの間にか卒業試験に合格していた。ということは任務をこの2か月ほどで50件こなしたのだろう。気力と体力が桁違い。だが彼の実力は見習い過程には合っていない。恐らくすぐに推薦が出されただろう。


 卒業試験は土御門くんのようにすんなり行ける人がいるほど甘いものではない。見習い過程中に任務を50件こなし、5人の陰陽師から推薦を貰うことでようやく試験を受ける条件が整う。そこから更に霊術や九字、式神術などの能力の判断をされ、実力があると認められれば試験に合格だ。

 試験には陰陽寮の長である陰陽頭が試験官の一人として参加しているのでお家の根回しは効かない完全実力性。その狭き門を土御門くんは人知れず超えたのだ。すごい。


「ここから土御門流陰陽師として活動だって。倉橋からの催促が激しくなっちゃった」

「大変だね。柚葵もそれに真翔くんも」

「同じ土御門家の真翔様は私よりももっと激しいだろうね。嫌になっちゃう」


 呆れたように肩を上げる柚葵。

 確かに私にも多少の催促はある。だけど柚葵のように酷いものはない。私が卒業を急いで任務に失敗し殉職すれば瑞樹を守る同世代をこちらに見繕わなければいけなくなる。学園へ入れて、また根回しをして。色々な手間がかかる。

 なので私もお家からすれば瑞樹が卒業するまではある程度過保護にしなければいけないのだ。言い方を悪くすれば、使い駒のように子が沢山いる他家とは違う。


「桜香は月並さん守るので大変だもんね。催促なんてされちゃ驚いちゃうよね」

「多少はあるけど酷いものは、ね。学園に来た大きな理由だし今更手間をかけるわけにはね」

「養子も、大変ね」

「本家ほどじゃないよ。死んだ時の、責任の重さが違うからね」

「こればっかりは比べるものじゃないけどね。でも月並はまだこの業界じゃいい家だから」


 羨ましい。なんて副音声は知らなかったことにしよう。

 私は倉橋家の詳しい事情を知らない。知ることができない。だけど柚葵は本家で分家よりも多少なりとも融通が利くしいい修行だってしてきただろう。積み上げた実力が物語っている。親もとを離れて修行をして、寂しい思いをしたのだろう。柚葵の親や、兄妹は陰陽師としてや家の活動で忙しいと前に聞いた。

 

 どこの家だって辛いことはある。辛い、と思うことはひとそれぞれだがそれは月並だって例外ではない。誰かを守ることは、自分の命は誰かために使われることがどれだけ苦しいか。それは誰にも理解できない。


 柚葵にとっていい月並。立派に見えるんだろう。

 私にとっていい倉橋。柚葵には酷く見えるんだろう。


 生まれ育った環境で人は変わる。これは宿命ではない。自分自身で変えられるものだ。だけど私達は環境を自ら変えることはできず、それを宿命として受け入れることしかできない。

 そう、植え付けられてきたのだ。

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