第5話 修繕の儀式

 人里を歩いていると里の人からは手を合わせ祈るように願われる。あまり居心地はよくなかった。上を見上げると遠くからでも見えた綻びは近くで見れば見るほど浮き上がり、結界が形を保っているのも持って2年ほどだろうか。それほどに綻びや、歪みが酷かった。どれだけ修繕の任を放っていたのだろうか。安門院の思考が全く理解できない。


「あ、あの!」

「どうかしましたか?」

「お姉ちゃん、陰陽師だよね?」

「こら! 雪乃ゆきのやめなさい!」

「……そうよ。どうかしたの」

「妖、祓ってくれるよね? この里、大丈夫だよね⁉」


 6つほどだろうか。小さな娘は私を見上げ必死に訴えかけてくる。私達からすれば弱小の小鬼とはいえ力の持たない者にとっては妖は全て恐怖の対象でしかなくて。自分達ではどうにかしたくても、どうすることもできない。だから力の持つ陰陽師を待つことしかできない。


 この人達はどれだけの時間恐怖を味わったのだろうか。私にはその気持ちは分からない。だけど、こんな私でも安心させることはできる。妖を祓うことで。瘴気を祓うことで。


「妖は必ず祓います。この里には、すぐに平和が戻りますよ」

「ほんと⁉」

「本当よ」


 母親と共に安心する娘を私は裏切ることは絶対にしない。その為には必ずこの任務を成功させる。

 初めてだ。お家以外で何かを頑張ろうとしたのは、人から期待されたのは。


 人里を出て梅椿さん、瑞樹と合流して作戦会議を立てていると霊脈れいみゃくが微かに乱れている。これは近くの霊門れいもんが瘴気を通じて開いた証拠。これが大きく乱れれば妖の住まう常世とこよに通じる霊門を介し妖が出てくる。報告では開く予定はないらしいが開いてしまったものは仕方ない。


 すぐに閉じなければより強い妖がこちらへ出てくる。

 事態は想定よりも急を要するものであったため梅椿さんは霊門を閉じるため。私と瑞樹は小鬼を祓うため二手に分かれることになった。小鬼は妖気を辿ればすぐに見つけることができるので問題ない。


 だが小鬼とは別の妖気を微かだが感じるのは私の気のせいだろうか? 気のせいだといいがそうでなければ梅椿さんの式神はいるものの少し不安だ。やはり瑞樹を梅椿さんのもとへ行かせた方が良かったのかもしれない。


「桜香?」

「なんでもない。早く祓って、梅椿さんと合流しよう」

「そうだね!」


 少し歩いて見つけた小鬼は瑞樹と協力すればなんてことない妖で。恐らく4級以下だろう。

 私達や任務に等級が分かれているように、妖にも等級がつけられていた。国中へ張り廻られた結界に妖気を感じると内勤が報告をあげ隠密を飛ばし、等級を確認する。そして任務に等級がつけられ振り分けられる。

 一貫すると面倒なものだがこの作業は陰陽師の命に直接関わってくるので失敗は許されない重要なもの。だがこの作業に小細工を入れることで等級を誤魔化し、任務に就いた陰陽師が殉職することも、少なくはなかった。


「結構呆気なかったね!」

「そうね。でも梅椿さんと合流するまでは油断は禁物だからね」

「はーい!」


 妖を祓い終えたことでのほほんとしている瑞樹。本当に分かっているのか心配になってきた。

 これからの任務もこの調子では何かあってからでは遅い。戻ってからしっかり話をしないと。




「梅椿さん!」

「二人ともお疲れ様。無事に祓えたようだね」

「妖自体は4級以下のものでした。結界の修繕や瘴気などを含めてこの等級なのでしょう」

「そのようだね。さて、さっきと同じように別れようか。桜香さんは結界の修繕を頼めるかな? 霊門は閉じたが瘴気には少し時間がかかりそうでね」

「分かりました」


 私は梅椿さんの式神を連れて人里へ戻る。するとさっきの雪乃、と呼ばれていた6つの娘がすぐに駆け寄ってきて妖は祓えたかまくしたてるように聞いてきた。すぐに祓い終えたと言えば娘は泣きそうな顔をして母親のもとへ駆け寄って行った。

 周りの人も凄く安心しきった顔をしていて、この里には平和が訪れたことを実感した。


 陰陽師はこのために存在しているんだ。私にしかできない仕事だってある。強いことだけが、全てではない。そう、思えた瞬間だった。

 自分でもほっとしていると周りよりも随分年上だろうか。老人がこちらへ寄って来た。


「お疲れ様でございました。して、この里には何を?」

「結界の修繕です。このままでは2年も持たないでしょう」

「なんと……」

「核はどこですか? 案内していただけると助かります」

「こちらになります」


 長老であろう老人に案内されたその先には祠があり、古いその戸は大きな音を立てながら開く。するとそこには大きな核があった。予想通り痛んでおり、傷だらけ。この状態では3級の妖が結界を攻撃すれば3発で壊れるだろう。危機一髪だ。


 全ての結界には大なり小なりはあるが核が存在している。核の形は様々で今回のみたいな岩のようなものもあれば弓が核になっているものもあるという。結界を作った陰陽師が霊力を注いだものが核となるので術者により様々なのだ。


 梅椿さんから受け取っていた撫物なでものと、老人より借りた錫杖しゃくじょうを持ち修繕の儀式を行う。この儀式は核に溜まった瘴気や妖気などのけがれを撫物に移すもの。溜まった穢れは陰陽師にも祓うことができず撫物に移し、神に献上し、それによりその穢れを祓っていただくのだ。

 額に汗が滲む。緊迫したこの空気は、私が作り出しているとは到底思えなかった。


 少しすると撫物が核の穢れを全て吸い取ったから黒く変化している。これは終えた合図だ。


「終わりました。結界は先20年持つでしょう。ですが定期的な修繕は必要になります。5年の間隔で安門院家へと必ずご連絡し、催促してください」

「ありがとうございます。かしこまりました」


 錫杖を返し、撫物を袋へ入れる。これは穢れの塊なので神社に収めるまでは呪物として扱われる。無闇に外へ出してはいけない。なので穢れを抑えるため一枚袋を挟むのだ。


 里の人へ挨拶をしながら結界の外に出ると二人の方も終わったようで。当初下りて来た場所まで行き、移動式神に乗り学園へ戻る。任務自体は2時間ほどで終わったが、報告書を書き上げ認めの印を押されるまで任務は終わらない。


 正門で梅椿さんに別れを告げ寮へ戻る。瑞樹は先生に用事があるらしいので途中で別れた。短い時間ではあったが初めてのことだったので大部分は緊張と不安だが疲労が溜まっている。学園内に安心してぼうっと歩いていたのか声をかけられたことに気づかなかった。


「桜香!」

「あ、はい!」

「気づいてなかっただろ。俺、真翔だよ」

「真翔くん……どうかしたの?」


 肩を叩かれ驚いて振り返るとそこには真翔くんが立っていて。額に汗が滲んでいるから修行をした帰りなんだろう。時間は夕飯前だし、丁度帰っている時に私を見かけたから声をかけたのだろうとすぐに分かった。


 二人で肩を並べながら寮へと向かい歩く。


「今日初任務だったろ? 大丈夫だったかなって心配だったんだ」

「うん。怪我なく無事に終えたよ。さっき戻ってきたばかりなの」

「そうかお疲れ! どんな任務だったんだ?」

「人里に小鬼が出てそれを祓いに。あとは結界の修繕かな」

「初任務なのにちゃんとした任務に就いたんだな。俺の時は2級任務だったから後方支援しかできなかったよ」

「そうだったんだ。これからだね」

「そうだな」


 たしかに最初から妖を祓って、結界の修繕までするのは珍しいだろう。まだ見習い過程は終了していないからこれからも陰陽師は同行するし自分達だけで妖を祓えるのは少ないだろう。今回はいい機会で、数少ない体験をできた。

 梅椿さんの霊門を閉じる所や瘴気を祓う場面を見られなかったのは凄く残念だったけど。


 寮の部屋へ戻ると机の上には伝令式神でんれいしきかみがいて。当主様からだった。

 内容は無事に任務を終えたことと、瑞樹に怪我のなかったことへのお褒めの言葉だった。初任務が一番危険なのでここを超えられたのは大きなことだ。だがこれからの陰陽師も月並の根回しはされているだろうし、瑞樹が危険な目に合う可能性は数少ないだろう。


 私は伝令式神を当主様へ送り返し、報告書を書き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る