第4話 初任務

「……真翔くん。今、いいかな?」

「うんいいよ」


 初任務の前日。私は土御門くんからの言葉を考えに考えて、ようやく行動に移すことができた。正直、今の自分の気持ちをそのまま真翔くんに話すため言語化できる気はしない。だけど真翔くんが今日初任務に出たと聞いて、居ても立っても居られなくなった。任務は死が隣り合わせ。見習いであろうとその危険度は変わらない。だからだろうか小一時間前に帰還した、と聞いて安心することができて、私は真翔くんの姿を見かけ駆け寄ることができた。


 空き教室に向かうため二人で肩を並べて歩くのは久方ぶりで。その居心地の良さに安堵する。空気は重いけれど、居心地の良さは変わらない。

 空き教室に着くと真翔くんは椅子を引き座る。正面には私が座るための椅子も準備されて覚悟を決め、手を握りしめ椅子に座る。


 対面にいるが私から会話を切り出すことはできなくて。溜息が漏れてしまう。すると真翔くんが気を遣ったのか口を開いた。


「……桜香さ、俺が瑞樹さんと話し始めてから避け始めたよね」

「……うん。ごめんなさい」

「それって月並さんが直系の子だから? それとも俺が土御門だって自覚したから?」

「……瑞樹が、月並の子で特別なのは昔から知ってるし今更それをどうこうする気はない。でも真翔くんが土御門だからって避けたわけじゃないの。瑞樹と、真翔くんが上手くいったらいいなって、月並家のためになればいいなって思ったから避けたの。ただ、それだけなの」


 あれだけ考えても上手く言葉にできなかったのに真翔くんの前ではすらすらと言葉を並べることができる。それに出る言葉は全て嘘偽りなくて、心のどこかで思っていたこと。瑞樹と真翔くんが仲良くなったら、うまくいったらそれは月並家に繋がる。顔の知る門下生が他家との小競り合いにより死ぬ確立を抑えることができる。それほどに土御門家の存在は大きなもので。


 そしてもう1つの利点は瑞樹が仲間殺しの被害に巻き込まれない可能性が上がること。友人だと認識すれば本家男児の琴線に触れたくない下級層の牽制になる。当主様の心配も、私の仕事も必要がなくなる。


 結局最終的には、我が身が恋しいからそうしたんだ。でもそれは真翔くんに言いたくなかった。

 彼にだけは失望されたくなかった。


「桜香ってほんと月並のことばっかり考えてるよな。あ、嫌味とかじゃないけどさ」

「……私は、月並でしか居場所がないから」


 大切にしてくれる肉親はいない。慕ってくれている後輩もいない。師匠だって、いない。

 誰もが1つは持っているそれは私にとっては何も持ちえないもので。だからこそそんな私にできることは拾ってくれたお家に対して恩恵をもたらし、お家のためになることをすること。お家のことを一番に考えて10年ほど生きて来た。これは私の中で揺るぎないこと。

 そして私にできる唯一の役目であり、居場所なのだ。


 月並が第一。瑞樹が第一、当主様が第一。これは家人や門下生なら誰だって考えることだ。お家が残れば自分の命だって、生活だってできるんだから。


 でも真翔くんはそんな私の考えを真っ当から否定した。


「世界はそれだけじゃない。月並だけが桜香の居場所じゃない。君の居場所は、俺が作るから」

「え?」

「今は無理でも将来……近い将来必ず作るよ。約束だ」


 一方的に告げられた約束。でも陰陽師にとって口約束は軽いものじゃない。契りのように、全て重いものに代わる。発する言葉全てに言霊が乗るからだ。だけど真翔くんは変わることのない事実のような口ぶりで私に約束を告げた。まるで本当に叶えてくれるかのように。


 嬉しかった。親でもなく、友でもなく、家でもなく、真翔くんが私のかけがえのない居場所を作ってくれることが。真翔くんの作ってくれる居場所があることが。




「初任務楽しみだね!」

「そうだね。怪我しないように気を引き締めて」

「分かってる!」


 翌日。梅椿侑人うめつばきゆうとさんという2級陰陽師の人と共に4級任務に同行する日がきた。私と瑞樹にとって初任務の日。

 陰陽師には5つの階級があって、特、1、2、3、4の順だ。勿論任務にも同じ等級があり大体は同じ等級の任務をこなす。梅椿さんは陰陽師見習いが同行するので2つ下の任務へ就くことになった。もし任務の対象である妖が1つ上の等級だとしても対処できるように、という上からの配慮だ。


 梅椿さんは毎年学園から同行任務の依頼が来ている熟練の陰陽師だから不安になることはない、と先生から言われたものの何が起こるか分からないので油断することはできない。

 彼の霊力は独特なもので、少し何かが混ざっているように感じるが前日に瘴気しょうきの濃い任務に出ていたと聞いたのでそのせいだろうと勝手に解釈した。温厚そうな笑顔に、少し頼ってもいいのだろうか。



「今日は人里の近くに小鬼が出たらしくてね。小鬼を探し、祓う仕事だよ。初任務だけど4級だし、君達二人なら祓えるだろうから危険時以外手を出すつもりはないよ。それでいいかい?」

「「はい。大丈夫です!」」

「頼もしい返事だ。では行こうか」


 梅椿さんの移動式神に乗り30分。北北東にある山々に囲まれたその場所には多くの人が住む都や村から孤立した小さな人里。陰陽師により張られた結界には長い間修繕されていないのか少しの綻びが見える。近くには小さいものだが妖気も感じるのでたしかに妖はいるだろう。


 人里の近くまで行き移動式神いどうしきかみから下りると微かだが瘴気を感じた。住む人が少ないため自然の霊力が溢れているここは瘴気ができやすく妖の住みやすそうな場所だ。


「瘴気を感じます。定期的なお祓いはできているのですか?」

「このあたりは安門院あもんいん家管轄の外れだからね。どうだろうか」

「安門院……良い地ではなさそうですね」

「妖を祓い終えたら一緒にお祓いもしていいですか⁉」

「そうだね。今後出る妖の排除にもなるし任務の一環として報告をあげておくよ」

「ありがとうございます!」


 安門院家。土御門家と、もうひとつ別の安部の血を継ぐ家。土御門とは違い陰陽師としての発言権はあまり持っておらず陰陽寮でも地位は低い。辺鄙な北を管轄するほどその名は地に落ちたもの。実力者もあまりおらず、管轄地にはよく瘴気や妖が湧く。

 陰陽師には、忌み嫌われたお家。それが安門院家なのだ。


「さて、まずは手分けしようか。桜香さんは僕の式と人里の様子を。瑞樹さんは僕と結界外を見回ろうか」

「「了解」」


 やはり瑞樹のもとには強い陰陽師がつく。だが私の傍につけられた式神も決して弱くない。むしろ私より強い。月並の名は、やはり伊達ではない。

 だが周りからすれば私ですら厳重な保護になるのだろうけどね。

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