第2話 土御門家のふたり

 入学してから数日が経過した。

 当主様には瑞樹と教室が離れたことこれから行われる修行をした後に行われる任務に対しての懸念点を報告したが、そのあたりはすでに根回し済みらしいので余計な心配はいらなかった。


 私には元々師と呼べる存在はいない。だが月並流陰陽師に修行をつけてもらっていたので基盤が出来ている。だから教室内でも上位に名を上げるほど優秀な方だし、任務が始まってもすぐに対応できるだろう。


 だけど半数はそうではない。一般家系の子は元々 陰陽道おんみょうどうに触れてこず、何も知らぬ親元を育った子ばかり。霊力の扱い方どころか、自分の霊力すらも把握できないほどで。この状態では半年後どころか一年経っても任務をこなすことができないだろう。

 ここは予想の範囲内だったので驚くことはなかったのだが想定外だったのは陰陽師家系のほうで。家名を耳にしたことのある子だって基盤がしっかりしておらずできることは一般家系と同じ。話を聞くに家ではほとんど修行をすることなく、基盤は学園で作るらしい。


 本当にそれで大丈夫なのか? 見習い過程はそう甘いものではない。


「月並さん。ここって……」

「ここはね」


 私は手が足りていない先生の手伝いをしながら、自己修行をしていた。毎年手が足りず基盤のできた陰陽師家系の同級生に修行をつけてもらっている子も少なくないらしい。瑞樹はこういうのが上手いから、同級生と順調にやっているだろうな。私は口下手だし、瑞樹以外の同世代と触れ合うことがなかったのでこういうことは不慣れだし、適任じゃない。


 自分なりに頑張って同級生に教えていると近くから爆発したような音がして驚きながら振り向くと地面に砂埃と共に大きな穴が空いていた。

 周りは啞然としたように口を開いているけれどひとり冷静な人がいた。


「すみません。力加減、間違えました」


 音の根源は土御門くんだった。やはり彼はこの教室内でも別格の存在。あれほど強ければ見習い過程は卒業できなくても、学園に通う必要はないはずだ。なのにどうして?

 今まで名を聞いたことがないことから土御門家内で囲ってきたはずだ。なのに学園入学をきっかけに存在を表に出すのはあまりに危険。狙ってくださいと他家に言っているようなものだ。


 悔しいことに陰陽師の命を狙うものはなにも妖だけではない。身内であるはずの陰陽師に殺される〝仲間殺し〟の事件など、あまり珍しい話ではないのはこの業界の暗黙。だからこそ優秀な、それこそ跡取りになるであろう男児は家で囲い、見習い過程を卒業する一歩手前で表に出す。それが今の主流だった。

 だけど土御門北星は主流を外れている例外。土御門家は何を考えているの? もしかして家にはまだ彼より強い男児がいるのだろうか……。


 土御門家は恐ろしい。月並じゃ恐ろしくて到底そんなこと考えられない。


「……さん。月並さん」

「あ。はい」

「悪いけど、式神で修繕手伝ってくれる?」

「……分かった」

「月並さんが優秀で助かったよ」


 嫌味のように聞こえるのは私だけだろうか。解釈が捻くれているだけ?

 懐から袋を取り出し、その中に入っている小さな式符しきふを出す。小型式神は依り代がその名の通り小型であり、実体化した時に体が小さい。よって戦闘向きではないが力が多く備わっているため月並でも重宝されていた。


 でもなぜ私を名指ししたのだろうか。式神術しきかみじゅつは私よりも優秀な人がいるし何より私には彼が覚えるほどの特記した能力はない。ただ席が隣なだけのに……。


「北星! 月並さんに迷惑かけんなよ!」

「真翔。別に迷惑かけてないよ。ね?」

「まあ」

「困ってるの丸わかり! ごめんね?」

「いえ。特に霊力を消費しませんし」

「へぇ、優秀なんだね!」


 土御門くんに気軽に話しかける彼は同じ土御門本家の土御門真翔つちみかどまなとくん。席は土御門くんの後ろ。彼も土御門くんと同じ澄んだ高い霊力を持っていることを表す赤い髪を持っていた。


 二人とも同じ土御門なので呼び分けに迷ってはいるが二人が揃っているときに私は居合わせないのでどちらも名字でいいだろうと直近で自己解決したところなのに早速遭遇した。

 だが許可なく名前を呼ぶなんて月並とはいえ直系でもない私からすれば自分の首を刎ねる、自殺行為のようなもの。この業界にずっといればそれぐらいわかる。


 土御門真翔も土御門北星に比べれば劣るが、比べる対象が悪いだけで彼も優秀だ。だが今の実力は私と同じぐらい、もしくは私のほうが少し上だろう。


「月並さんはさ、北星のことどう思ってる?」

「どう、とは?」

「そのままの意味」

「……将来、有望な方だなって思ってます。この人と口を利けたら陰陽師として凄く生きやすくなるでしょうね」

「はは! 月並さん面白いね。敬語やめてよ。俺と仲良くしよ?」

「是非」


 仲良くしよう、と言われて断れるわけはない。だが周りに土御門北星と仲良い印象がつくより土御門真翔と仲が良いと思われているほうが良いだろう。それに彼ぐらいだったらこちらにも利がある。

 そう思っていたのにいつの間にか彼の懐の中に入っていて、随分と甘やかされた。


 周りからは恋人のようだと言われて、もう損得勘定で動けないぐらいには彼を好いた。彼……真翔くんは仲良くしたいと思った子には一直線だった。一緒に修行したし、土御門家のことも教えてもらえる範囲で教えてもらって。私が利益になるから仲良くしていることに最初から気づいていたからこそ、損得勘定で動けなくさせるほどにした、といつかの日に聞いた時は凄く驚いたのを鮮明に覚えている。


 知れば知るほど、沼である彼にいつしか周りもその魅力に気づき始めていた。

 瑞樹と真翔くんが関わり始めた時は驚いたけど、私よりも直系であり優秀である瑞樹の方が良いと思い私は真翔くんからそっと離れることにした。


 だけどその行動は、彼の琴線に触れてしまったのだ。

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