第1章 陰陽師見習い

第1話 始まりの日

「桜香! いよいよ今日からだね!」

「そうだね。瑞樹は楽しみ?」

「すごく! どんな子がいるかな? 強い子、いるかな!」

「どうだろうね」


 私、月並桜香つきなみおうか14歳。まだまだ未熟な陰陽師見習いだ。共に喋るのは月並瑞樹つきなみみずき。同じ家の子。

 この世には妖と呼ばれる悪い者が存在していて、陰陽師おんみょうじは霊力を駆使し、抵抗する力を持たない人々を守り、脅威となる妖を祓う仕事を生業としている。月並家は代々陰陽師をしている家系で、瑞樹の父を筆頭に月並流陰陽師はとても優秀だ。


 私は元々月並家の人間ではなかった。物心つく前に両親を亡くし、私の父が瑞樹の母と同期であったため運よく月並家に拾ってもらえた。そこからは必死で修行をして、見習いながらも月並に貢献できるよう尽力してきた。


 そんな私と瑞樹は今日、正式な陰陽師になるべく陰陽師学園へ通うのだ。陰陽師学園は師を持たない子や一般家系の子などの陰陽師見習いを育て上げることを方針としており月並家は陰陽師の家系だが家門生が多いため、一人に対しての修行量が少ないので、学ぶ機会の増える陰陽師学園に通うことが許可されていた。月並家のような家は少なくなく、学園に通う半分以上は陰陽師家系の子だろう。

 一般家系から陰陽師になれるほどの霊力を持つ子など、中々現れないのだから。


 学園には最大で6年所属することになる。正式な陰陽師になれればいくつであろうと学園は自動卒業し、陰陽師としての仕事を始める。だが6年経っても見習い過程を卒業できなければ陰陽師になる資格は剥奪され、陰陽寮おんみょうりょうの内勤として働くことになる。


 陰陽師は守秘義務が多く、一歩この業界に足を踏み込めば足抜けすることはできない。まるで沼のような場所。私は生まれてからずっと陰陽師になるべく育てられているので外の世界のことをあまり知らない。それは瑞樹も同じで。閉鎖されたこの世界以外を知らぬ子は、足抜けする気はない。


 だが足抜けする者も一定数はいる。実行した者のその後は誰も知ることはない。だが安否不明な者が多いので、そういうことだろう。これは暗黙の了解であり、常識なのだ。


「瑞樹。桜香。無事に卒業し、月並へ戻ってきなさい」

「はい! お祖父さま!」

「桜香。瑞樹のことを頼んだよ」

「かしこまりました」


 月並家直系の瑞樹は大層大事にされていて。すでに隠居の身ではあるが前月並家当主である瑞樹の祖父がわざわざ入学式に出てくるほど。月並は子が生まれにくい家系なので直系は数少ない。瑞樹と同世代の子はひとりもいない。だからこそだろう。その後行われる学園の任務や家への嫌がらせで直系の子を死なせるわけにはいかない。前当主が直々に周りへ圧をかけにきた。


 私がここにいるのは瑞樹の護衛と早くに見習い過程を卒業するため。ただそれだけだ。

 瑞樹が死んで私が生き残ればどうなるかなんて、物心ついた頃から月並にいたので身に染みて分かっていた。私にとって学園は安全であるが、どこであろうと油断はできない場所に変わりはない。


「月並瑞樹さん、桜香さんですね。瑞樹さんは1組、桜香さんは3組です。それぞれの教室に教師がいるので声をかけてくださいね」

「桜香と離れちゃった……」

「一緒だと思ってたのにね」


 教室は違うくても任務は一緒だろう。まだ不安がるところではない。

 瑞樹と別れ、3組と立札のしてある教室の扉を開けるとそこには片眼鏡をかけた髪の長い男性がひとり。そして何人かの生徒がすでに席に座っていた。こちらに顔を向ける先生には見覚えがある。

 確か、どこかの家の家門生のはずだ。


「月並桜香です」

「月並さんは窓側の3列目です。座って待機していてくださいね」

「はい」


 日の当たる暖かい場所。外からは古い木製の校舎や校庭が見える。遠くに見える五重塔には学園長がいる。学園長は手慣れの陰陽師で、認められた者しかなることができない。故に高く、澄んだ霊力を感じ、家を出て学園にやってきたことを感じる。隣の棟からも少しではあるが澄んだ霊力を感じる。優秀な人が沢山いるのだろう。


 視線を外から教室へ戻す。先ほどとは違い周りには高い霊力の子は先生を除き誰一人いない。それに知った顔すらもいない。この教室はどれぐらいの階級なんだろうか。もしかして最底辺? だとしたら瑞樹は最上級だろうか。あの子は澄んだ霊力を持つ先祖の直系であり、その霊力は優れてる。

 教室に差が出ていれば任務が同じことも少ないだろう。当主様に早急に相談しないと。


「!」


 そんなことを思っていたのに一瞬で思考を塗り替えられた。教室の扉の傍には赤髪に碧眼の子。

 赤髪と碧眼は高く澄んだ霊力と才を所持していることを表すもの。1つ持っていればいい方なのにそのどちらも兼ね備えている彼は、いったい何者なの?


 当主様から仕入れた事前情報ではこんな人いなかった。今まで出会った陰陽師家系の同世代に赤髪碧眼なんていない。いたら忘れられない。忘れるはずない。それに噂だって今まで全く出ていない。どういうことだ。


土御門北星つちみかどほくせいです」

「土御門くんは真ん中の3列目の席です。座って待機していてくださいね」

「わかりました」


 こちらへ近づく度に感じたことのないその澄んだ霊力の圧に冷や汗が止まらない。

 土御門家。それは陰陽師の始祖である安倍晴明あべのせいめいが作った安部本家から独立したものが作った家。すなわち安倍晴明直系の家。そして北極星から取られたであろうその名。この人の将来が案じされたような名に背筋が凍る。どういうつもりでこの名をつけたのか、名付け親に聞いてみたいぐらいだ。


 この人には近づかない方がいい。私の本能がそう悲鳴を上げ危機感を感じているのに現実はそう上手くいかなかった。


「ねえ」

「え」

「君、月並の子でしょ。ここに来てからどれぐらい経ってる?」

「……10分ぐらいです」

「ありがと。それから今後は同級生になるし敬語はやめてね」

「……分かった」


 土御門北星。気軽に話しかけてくる物腰の柔らかさと相反するような、冷たい雰囲気。そして威圧しないはずなのにそう感じる霊力。この人は只者じゃないのは誰だって分かる。教室の空気も次第に重くなっていく。


 私が彼に感じた第一印象は〝怖い〟ただそれだけだった。

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