『冒険の書が消えました。』

おハロー

第1話 異世界はドラゴンがお好き

約千年前、魔王が支配していたと言われる時代に彼は突如として姿を現した。


異世界から来たという彼は見事に魔王を討伐しこの世界に平和をもたらした『勇者』となった。


そして、『勇者』は死んだ。


勇者亡き後、彼に関する情報は極めて少なく唯一の手掛かりとなるのは彼が旅の最中で書き綴ったとされる日記、通称『冒険の書』のみ。


誰かが言う。


「冒険の書には勇者の遺した宝が記されている」


「あの日記には勇者の本当の姿が書かれている」


「普通に世界を救った勇者のこと知りたいんだけど!マジウケる」



その伝説に尾ひれ背びれがついていき、人々は『冒険の書』を求めて世界の果てを目指し始めた。



異世界はまさに大冒険者時代である!!




冒険の書が消えました。ーーーーーーーーー


レイ・フロストは焦っていた。

この国のどこを探しても自分のパーティのリーダーがいないからである。


「あのすみません。こういう黒い和服に錆びた刀を剥き出しに帯刀している短髪黒髪の侍見ませんでしたか?」


「侍?!ん〜どこかで見たような…」


「こんなアホ面した男なんですけど」


「あぁ、その兄ちゃんなら…ほら、あのホテルの中に入って行くのを見たよ」


「本当ですか!?ありがとうございます!はぁ?何やってんのよあのバカは…」


親切なおじさんが教えてくれたホテルは普通のホテルとはどこか違うような雰囲気を醸し出していた。


本当にこんな怪しいホテルに探している男がいるのかと半信半疑で中へと進んでいく。

すると、一室だけ扉が閉まっている部屋を発見した。



ーーここだ!


そう感じたレイは勢いよく扉を開けた。

扉の向こうには優雅にティータイムを楽しむ全裸の男が座っていた。


その男は慌てることなくゆっくりとレイの方を振り向き女神のような優しい笑顔で呟く。


「あ、チェンジで」


「何やってんだこのスケベ侍」


「おいおい、俺が選んだのは爆乳のエルフ族だぞ。なんで貧乳のゴリラ族がふらっと立ち寄ってんだ?」


「ゴリラ族ってなんだ?!私はそれなりの人間族です!!」


「なんだよ!?一話目からそんな怒ってどうしたんだ?」


「雪、あんたね。十一時に集会所に集まろうって昨日私が言ったよね?!」


「えぇ?そんな話した?!まだ九十分始まってないよ!なんならまだマイナス五分だよ」


「なんで長いコース選んでんのよ。お金がないってときに……。ほら、早くパンツ履いてクエスト依頼受けに行くよ」


「俺の名前は出雲いずも 雪周ゆきちか。この世界を旅する冒険者だ。ホテルに入るとなぜか全裸になっ……」


「これ以上私を怒らせないでくれないかな?」


「ずびまぜんでじだ……」


ボコボコに腫れ上がった顔を気にしつつ雪周はいつもの和服へと着替えていく。


着替えを済ませると部屋のテーブルに謝罪の置き手紙を残しレイと共に集会所へと足を急がせた。


『集会所』

安定的な給与が得られない冒険者に対して

魔物や獣などの体の部位、財宝や金品などを買い取ってくれる優良施設である。

また、国ごとに『クエスト』と言われる単発バイトが設けられておりそれらを解決する事で冒険者たちは報酬を得ている。


集会所を利用するには冒険者ギルドへの入会が義務付けられているのでこれから『冒険者になりたいぞ!』という方はギルドへの入会をお忘れなく。


「よぉーし、受付のお姉さん!これ、この一番上のドラゴン退治のクエストを俺らに受注させてよ」


雪周は勢いよくSSランクと書かれたクエストを指差し受付の女性へ話しかける。


「すみません。このクエストを受注するにはあなた方のランクが足りないようなので…」


「え?そんなメンドくさいシステムあんの?」


「最近ギルドへ入会された方ですか??クエストは基本的に自分のランク又はパーティの総ランクの一つ上までしか受注できないシステムなんです〜」


「俺らのランクは?」


「ド底辺したっぱのFランクですので受注できるクエストは迷い猫の捜索ぐらいですかね?」


「見栄えないよ!結構大事なプロローグで猫探しすんの俺ら?!頼むよ〜他のとこみたいに第一話だけでもド派手に活躍させてよ」


「無理です〜!決まりですので」


「雪、ちょっと退がって!こういう交渉は私がやるから」


そういうと自信満々の顔で服装を乱しながらレイが受付の女性へと近づいていく。


「あのぉ、わたしたちぃこのぉクエスト受けたくてぇ、あ、消しゴム落ちちゃった」


「誰が誰に色仕掛けしてんの?!お前の胸じゃ男も気まずい反応しかしないよ?!」


「黙ってな!ほら、心なしか受付嬢さんも微笑んでるでしょ」


「いや、ほくそ笑んでるんだよ!お前の胸見てバカにしてんだよ!その消しゴムはどこから持ってきた?!」


「あらぁ?可愛い冒険者さん。それにしても集会所は暑いわ。私も一枚脱ごうかなぁ」


そう呟くと受付嬢は羽織っていた服を一枚スッと脱ぐ。


「あぁ出た出た!ダブルビッグマウンテン!標高何メートルだ?ありゃ?!おい、断崖絶壁ウーマン早く戻ってこい。お前じゃ話になんねぇよ」


引きつった顔で雪周の元へ戻るレイ。

服装を整えながら込み上げる怒りを吐き出す。


「いやらしい女。品がない!」


「お前が始めた物語だろうがぁぁ!」


どんな手段を使っても覆らないルールに二人は折れ大人しくEランクのクエストを受注しようとしたその時だった。


突如として警鐘が鳴り響いた。

その鐘の音ともに建物の外からは大勢の人が走るような地鳴りが聞こえる。

何事かと窓の外を見渡すとおそらくこの国の国民であろう人達が一斉にどこかへと走り出していた。

彼らの顔からは何かに対する恐怖のようなものが感じとれる。


「最悪だ……上位の冒険者がいないこんな時に」


受付の女性までもがガタガタと尋常なく震え始める。


「おい、どうしたんだ?それになんだこのうるさい鐘は?」


雪周が鬼気迫ったような声で話しかけると彼女は震えたか細い声で答える。


「こ、こ、このクエストのドラゴンです。奴はたまにこの国へ降りてきて気が済むまで暴れ回るんです!」


「え?!そのSSランククエストのドラゴンなの!!」


「なんで、そんなに嬉しそうなんですか!」


「おい、やっぱり迷い猫の捜索はヤメだ。そのドラゴンを俺たちでぶっ飛ばしてやるよ」


「ですから、あなたたちのランクでは…」


「お姉さん安心してよ。こいつこんなアホ面してるけど黄金の国『ジパング』出身のサムライだからさ。そして、可愛さと綺麗さを併せ持つ完全無欠の私。こう見えても最強パーティだから私たち」


「あの『ジパング』の侍?!と、何も持ってない欠点だらけの女?!」


「てめぇ、このクソアマ!ぶっ殺してやるから受付から出てこいこの野郎」


「レイ、落ち着いて!ジョークだから!受付ジョークだから!」


般若のようなレイを雪周が必死に抑える。


「グゥゥゥゥ……ガァァァガァ」


外からはおそらくそいつの轟くような叫び声が窓ガラスを割るほどに響いている。


「どうする?時間ねぇぞ」


その数秒間でいくつもの考えを張り巡らせ口にグッと力を入れて受付の女性が叫ぶ。


「あなたたちにクエストのご依頼です!ランクはSS。クエスト内容はこの国を悩ますドラゴンの討伐。数々の冒険者が挑み命を落としたクエストです。どうかご無事で」


「承った!!」


二人は颯爽と集会所を後にしていく。


「珍しく雪がやる気だね」


「金がなきゃ女も抱けない。やる気どーこーの問題じゃないんだよ。それにただのドラゴンを倒すだけであの報酬額。こんな楽な仕事はねぇよ」


「相変わらずお気楽なやつ。それだけ厄介なドラゴンってことでしょ」


「ハハッ!ナイナイ!転生もなし、追放もない異世界にしては平凡な二十六年間過ごしてドラゴンも山ほど見てきたけどそんな厄介なドラゴンなんてそうそう……」


街一面を黒く染める影は二人に急に夜が来たと錯覚させるほどに巨大であった。


街の中心に降り立ったその姿は普通のドラゴンのサイズよりも十倍近くはあるぐらい巨大な真紅の体をしている。


デケェェェェェ。

よくゲームであるステージ固有の特殊な巨大ボスのサイズじゃん。

デッカァァァ!それ以外の感想が浮かばないぐらいデケェ!


巨大すぎるが故に雪周は冷静すぎる考えをしていた。


「こいつはアレだな、ドラゴンだな!」


「そんな、ドヤ顔で当たり前のこと言うな」


「デカすぎない?寝る子は育つって言うけどなにこいつ?千年ぐらい寝てた?」


「なにビビってんの?別に逃げてもいいよ。私一人で余裕だし」


雪周は逃げ出した。

しかし、レイにまわりこまれてしまった。


「本当に逃げるバカがどこにいんのよ!」


「お前が逃げて良いって言ったんだろ!なんだ、担任の先生ですかお前は。だいだいな……レイ、構えろ」


「ガァァァガァ!ガァァ!」


耳をつんざくような咆哮とともに崩壊していく街並み。

綺麗に整っていた街並みはドラゴンが少し動くだけで次々に崩れ去ってしまう。


そいつはその大きな瞳で街を凝視し何かを探し続けていた。


「こいつ、人間探してんのか?」


雪周の言う通りこのドラゴンは崩壊する街を横目でみながら人間がいないかの確認をしていたのだ。


一度ハマった食べ物は何度でも食べたいものである。

それは人間だけに限らずどの種族でも同じことだった。


必死に探し続けるその瞳に二つの活きのいい人間が映る。

その瞬間、ドラゴンは口を大きく広げ燃え盛る口内から勢いよく火球を飛ばす。

それは街を抉りながらとんでもない速さで二人の元へと迫ってくる。


百メートル、八十、六十。


こんな近くに火球が迫っているのに二人は慌てる様子もなく屈伸などの準備体操をしている。


「レイ、頼んだ」


「任せなさいっての!いくよ、『炎刃えんば』」


レイは背中に携えた剣を取り出し不敵な笑みを浮かべる。

そこに火球が迫る。


二十メートル、十メートル、そして火球は二人を直撃した。


……かに思えたが二人の体に傷は一切なくただ火球だけがその場から姿を消した。


なぜこの人間たちは死なないのか?

そう不思議に思っていそうなドラゴンは再び火球を二人にお見舞いする。


再び火球は二人を直撃するも傷つけることなく火球が姿を消す。


「無理だよ!炎で私に勝とうなんて。私の愛剣『炎刃』の固有魔法スキルは火炎を自在に操ること。吸収、放出、バーベキュー。なんだって自由にできる。対炎においては私は無類の強さを誇るんだよ」


この世界には基本の魔法と固有魔法の大きく分けて二種類の魔法が存在している。


基本魔法とは

魔力の差はあれど訓練さえすれば誰にでも扱える一般的な魔法のことを指す。


固有魔法スキルとは

才能に恵まれた者だけが使用できる特殊能力のことを指す。基本魔法を軽く凌駕するほどの力も少なくなく強力な固有魔法スキルに恵まれたものが基本魔法を使用することはほぼない。


「さてと、固有魔法スキルの説明も済んだし、反撃開始と行きますか…」


「シテ……ハヤ…ク… ……シテ…」


「ちょっと待って雪、このドラゴンなんか喋ってる」


「そりゃドラゴン族だって言葉はあるだろ」


「違う。私たちの言葉だ!もしかして何か事情があって……」


「ハヤクニンゲンクワシテ。オナカスイタ」


「前言撤回!こんなドラゴンちゃちゃっとぶっ倒して来なさい!」


連続して吐かれる火炎を炎刃で容易く吸収していく。

ようやく火球では効果がないと理解したのかその巨体を目一杯広げ低空飛行でこちらに近づいてくる。

建物が飛ばされるほどの突風を巻き起こしながら突進してくるドラゴンを錆びた刀を構え待ち受ける。


距離がゼロ距離まで迫ったそのとき雪周は勢いよく飛び上がり空からドラゴンの頭部目掛けて錆びた刀を振り下ろした。


「俺の名前は出雲いずも 雪周ゆきちか。二十六歳。好きな食べ物はイチゴじゃボケェェェェェ!」


「なんで今自己紹介してんのぉぉぉぉ!?」


雪周の刀がドラゴンの頭へと当たる。

すると同時に気持ちのいいくらいの快音が辺り一面に鳴り響いた。

その音とともにドラゴンの頭部は地面に埋まり動かなくなった。


出雲 雪周

年齢:二十六歳

職業:冒険者

役職:侍

髪色:黒

愛刀:錆びた刀

固有魔法スキル:『会心の一撃』を自在に撃てる


レイ・フロストゴリラ

年齢:二十一歳

職業:冒険者

役職:戦士

髪型:ポニーテール

髪色:オレンジ

愛剣:炎刃

固有魔法:『炎刃』「炎を自在に扱える」


「誰だ!ゴリラってルピを振ったやつは?!」





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