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スポット1:田丸神社


 電話の着信。


春香「もしもし。あれ、今どこいる? え、いる? 私も、うん。橘商店街だよね? そうそう、前に待ち合わせしたとこ。神社の前。え、いるー? えっと、あ、じゃあアレ、見える? 商店街の案内が書かれている横長の看板。その前に来てよ」


 電話、切れる。


スポット2:案内板の前


 電話の音。


春香「もしもーし。今いるよー。え、いる? え、看板の前だよね? ……うん、商店街の案内が載ってるやつ。……顔出しパネル? あー、あるある! えー、なんで会えないの? ……なにこれ? あのさ、看板に『今月のイベント』ってあるよね? そこ、なんて書いてある? こっち、ちょっと変なんだよね。なんていうんだろ、子供みたいな字で、『みなさんの繁殖の時期です』って書いてあるの……。なんか、変だよね。と、とりあえず、商店街の奥まで歩いてみるね。また連絡する」


 電話、切れる。


スポット3:大黒屋(おでん屋)


 電話の音。

春香「もしもし、今さ、大黒屋っていうお店の前。そうそう、前におでん一緒に買ったところ。美味しかったよねー。え、そっちも大黒屋? えーほんとなんで会えないんだろ。あ、でね、今、ようやく人を見つけたの。そう! この商店街入ってからひとっこひとりいなかったのに、ついに! ちょっと話しかけてみるね」


春香「あの、すいません」

男「はい」

春香「ここって、下町人情キラキラ橘商店街ですよね」

男「ええ、そうですよ」

春香「ですよね。あの、私、友人と待ち合わせをしていて、向こうもこの商店街にいるらしいんですけど全然会えなくて」

男「あー、それはもうダメですよ」

春香「え?」

男「例えば、そうそう。リビングで1人テレビを見ている時、誰もいないはずの寝室で何かがズズズって床を這っているような音が聞こえたりしますよね? あとはほら、押し入れの内側からコンコン、コンコンってノックするような音が聞こるとか、そういうことってよくあるじゃないですか?」

春香「あ、ありますかね?」

男「そういうのはね、聞こえた時点でダメなんですよ。夕暮れの公園でブランコを漕ぐ音だけが聞こえちゃうとか、仏間に飾られた遺影の奥からくちゃくちゃと何かを咀嚼する音が聞こえちゃったとか、そういうのはね、もうこっちに来いってことなんですよ、どうしようもないんです。聞こえたら、終わりなんです」

春香「えっと、とりあえず私――」

男「マーーーーー!」


 電話が切れる。


 ポイント4:せいか一五八


 電話の音。


春香「ごめんね、突然切って。なんかさっきの人、変な感じで。あ、聞こえてた? うん、なんか怖くて。今はちょっと離れたとこ、えっと、『せいか一五八』さんの前にいる。……やっぱりここもおかしいかも、だって前に来た時は、もっとお店とかも色々やってて食べ歩きとかしたでしょ? いまどのお店もシャッター閉まってるし、あと……あれ? 空、こんなに赤かったっけ? どうしよう。どうやったら戻れるんだろ。あ……男の子がいる。ちょっと離れたところ。カフェの前辺り。お店の中を見ているみたい。どうしよう、また話しかけ……あ違う。男の子、お店の中見てない。顔だけこっち向いてる……。体がお店を見ているんだけど、首が、首が180度グルってねじれて顔だけが私を見てる! 笑った。ニタって。え、待って、ちょっと、なに、こないで!」


 春香、走って逃げる音。


少年「マーーーーー」

春香「やめ、こないで、いやっ!」

少年「マーーーーー!」


 電話、切れる。


 スポット5:キラキラ会館


 電話の音。


春香「もしもし、うん、大丈夫。なんか急にこっちに向かって走ってきて……。うん、だいぶ走って逃げたから。でも……これ、私の方だよね? 私が変な世界に来ちゃってるよね」

女職員「どうしました?」

春香「っ! えっと」

女職員「そこの施設の職員です。何かお困りですか?」

春香「わ、私……迷っちゃったみたいで」

女職員「迷った」

春香「たぶん間違ってここにきちゃったんです。だから元の世界に戻りたいっていうか、戻る方法を知りませんか!」

女職員「つまり、落とし物ということですか?」

春香「落とし物?」

女職員「この世界に誤って落とされたわけですから、落とし物ですよね」

春香「あぁ、えぇ、そうなの、かな」

女職員「落とし物は交番で預かってもらえます」

春香「いや違うんです、私、元の世界に戻りたいんです!」

女職員「でも……聞こえちゃったんでしょ? 聞こえた時点でもうダメなんです」

春香「それ、さっきも別の人に言われました」

女職員「へえ」

春香「どういうことなんですか? ダメっていったい何がダメなんですか?」

女職員「繋いじゃうんです。聞こえるってことは、あっちとこっちを繋ぐってことなんです」


 女職員、春香の手を掴む。


女職員「さあ行きましょう」

春香「ちょっと離してください。痛っ、やめてください、痛い!」

女職員「心配する必要はありません、あなたにも聞こえていたのだから。繁殖の準備は整っています」

春香「やめて、ちょっとどこに連れて行くんですか! 誰か、誰かぁ!」


 電話が切れる。



 スポット6:キラキラ会館の裏路地


 電話の音。


春香「あ、もしもし!? うん、大丈夫。ごめんね心配かけて。うん、無事だった。……あ、違う違う。逃げたんじゃないの。ちゃんと説明してわかってもらえたっていうか。えっと、なんて説明すれば良いんだろ。とにかく、まずはコッチにきてもらいたいの。そしたら全部理解できると思うから。あ、大丈夫。きっかけはこっちで作ってくれるって。今夜0時、あなたの部屋の窓ガラスがコンコンってノックされるの。それを聞くだけ、簡単でしょ? もし来る気がないなら寝ててね。聞いただけで繋がっちゃうから。あぁ、そうだ。どうしても聞きたくないならマーーーーー!」




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聞こえた時点でもうダメなんです 水谷健吾 @mizutanikengo

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