私の夏物語

東雲 SANA

私の夏物語


1 夏の始まり



「五年生は自由研究を必ず提出するように」


 はーい……と気だるそうに返事をする教室の生徒達。

 私、澤田かな。小学五年生。

 一学期最後の授業。先生が発したこの言葉に、ただいま絶望中です。


(自由……研究)


 いや、絶望という軽いものじゃなくて、奈落の底におとされた気分に達していたと思う……。


 自由研究。私の苦手ランキング第一位。


 国語は得意だけど、文字を書いてまとめるのがめんどうくさい。

ああ、ユウウツだ。宿題もやらなきゃいけないのに……。


 キーンコーンカーンコーン


「バイバイ」

「また新学期ねー!」


 授業終わりのチャイムとともに、教室から次々に生徒が帰っていく。


「……ちゃん……かなちゃん!」


 ハッと声がした方を向くと、友達が心配そうに私の顔をのぞきこんでいた。


「大丈夫? 何回も声をかけたけど上の空だったよ?」

「ああ、ごめんね。大丈夫だよ!」

「そっか、バイバイ!」


 元気に手をふって帰っていく友達を見送ってから、重いため息をつく。



「渡辺君!」


 女子がかこんでいる中心に、クラスの王子さまがキラキラスマイルをふりまいていた。

彼の名は渡辺たくみ。見た通り王子さまのような超美形男子。それと同時に、おさななじみ。


「かな! バイバイ」

「バイバイ、たっくん」


 クラスの女子からは私とたっくんが付き合っていると思われてるの(もちろんちがうけどね!?)

 たっくんの得意なことは自由研究。自由研究三年連続金賞をとったんだって。


「たっくんにいっそ、たのんでみようかなぁ」


 自由研究。得意だし、きっとたっくんなら引き受けてくれる。


「なにを?」

「……え?」


 クルッとふりむくと、たっくんがキラキラスマイルをふりまきながら私をのぞきこんでいた。


「……えええっ!?」


 一瞬おくれておどろきの声を上げる。


「そんなにおどろかなくていいのに。で? ボクになにをたのみたいの?」


 キラキラとした目で私をじーっと見つめるたっくん。


「え……自――」

「自由研究の書き方を教えてほしいんだね。うん、わかった」


 えええっ!? な、なんで分かったの?


 びっくりして目を丸くしていると、たっくんが思いっきり吹き出した。


「えっ!? なんで笑ってるの? ねえっ!」

「ちょっ、まっ……っはは……!」


 つまって声が出ないたっくんをフクザツな表情で見る私。


「い、いや、自由研究を提出しろって言われた時、顔真っ青にしてたからっ」


 そ、そんなに? たしかに、絶望してたけど……。


(……なんか、バカにされてる気がする)


「……やっぱたっくんにはたのまない」


 子供っぽく頬を膨らませたままたっくんに背を向けると、あわててたっくんが止めに入る。


「ま、まってよ! ごめん! まってって!」

「やっだねー!」


 いたずらっぽく舌をペロッと出して私は外へと走り出した。





「「はーっ、ハーッ……はっ、はー……」」


 二人であらい息をする。


「ひっ、ひさびさにこんなに走った……!」

「ぼ、ボクも……!」


 たっくんがあきらめるまで走ろうと思ったら、意外としつこかった……!


「あ……ここ、裏山のナツメ神社前だ……」


 たしか、出会いをもたらす神様が山を守ってるとか言われてるあのナツメ神社?


「そういえば、たっくんとはじめて会ったのもこの神社だったよね。本当に出会いをもたらす神様がいるのかな?」

「たしかに……ちょうど五年位前に会ったよね 」


 うんうん。


「かなは保育園がこわくてにげてきて、ボクがいじめっ子に追いかけられて迷った時にナツメ神社であったんだったよね」


 そう、昔の私ってすっごくこわがりだったもんね。



 保育園年長さんの時。私はすっごくこわがりで、恥ずかしがり屋だった。

散歩中に逃げ出したらいつの間にか、神社に迷い込んでしまったんだ。昼間なのに薄暗くて、木々がザワザワと音を立てていた。


「……どこ?」


 ここがどこか分からなかったからすごくこわくて、その場に座り込んで泣いてしまったの。


 ふわっ


『……大丈夫?』


 でもその時、優しい声がふってきて顔をあげると、青いちょうちょが鼻に止まってたんだ。


「……?」

『……もうすぐだよ』


 なぜか、とっても安心した。

 すると、一人の男の子が走ってきて、私の前に座り込んだんだ。


「……どこか痛いの?」


 私はこわくて答えられなかった。「かなちゃーん! どこなのー?」と向こうから保育園の先生の声がして、彼が私の手をつかんで階段を走っていったの。

 私も無我夢中で階段を走ったんだ。


「はぁっ、はぁ……はぁっ」


 階段を駆け抜けて神社の門をくぐった瞬間、急に視界が開けてきれいな緑の木々が広がって、この神社が別世界に見えた。


「……ここ、すごくきれいでしょ。ぼく、このばしょが大好きなんだぁ」


 そう言って男の子はニコッと笑った。


「怖いの?」


 男の子が私にたずねる。あんなに怖かったけれど、もうそんなに怖さは感じなかった。だから、私は保育園に入ってはじめて声をだしたの。


「うううん……でもほいくえん、こわいから。ともだちいない、から」

「……なら、今日からボクとともだちになろうよ!」


 そのとき、うれしくてまた泣いちゃいそうになったんだ。だけど、ちゃんと返事をしたんだ。


「うん……!」



「……その時から、いっしょだったもんねー!」


 改めて思い出すと、けっこうはずかしい……。


「……ぶっ!」


 またたっくんが吹き出した。


「なっ……!」

 なんかヘンなこと言った!?


「な、なんで笑うのっ?!」

「い、いや、か、かお、真っ赤にして…かわいかったから、ついっ……」


 顔が沸騰したみたいにあつくなっていく。


「あ、赤くないもん!」

「赤い赤い」

「あかくないってーっ!」


 私の声が、ナツメ神社に鳴りひびいた。




2 ふしぎなちょうちょ


「はぁーっ……」


 昨日、ナツメ神社に行ったなら登ればよかったな……。


 ナツメ神社の門の前になっがい階段があるんだよね。そこで緑を楽しみながら歩いて、頂上に着いたら街が見わたせてキレイって聞いたことがある。


「たっくんと行けばよかった……」


 はぁ……。


(毎年お母さんと行ってたからよけいにさみしいなぁ。お父さんは今年仕事がいそがしいし……)


 開けたまどから空を見つめていると、ガラッととなりの家のまどが空いた。そこから出てきたのは――。


「たっ、たっくん!?」


 たっくんは笑みを浮かべながらまどにひじを置く。


「ボクの部屋まで聞こえてたよ、かな」


 私はおどろいて一瞬心臓が止まったかと思ったよ。


「って、ボクの部屋ってなに!? そっちの部屋は物置だったじゃない!」

「最近ボクの部屋になった♪」

 

 う、うそ……! 丸聞こえだったってこと?


「ところでさ、ボクと行けばよかったって、ナツメ神社のこと? そうだよね、ゼッタイそうだよね!」


 うっ、見抜かれてる…。


「えっと……うん」

「やっぱり! じゃあ一緒に行こう!」


 ダメだ。コレはもう止められないよ……。私はため息をつきつつ、たっくんと待ち合わせを話し合った。



 たっくんと約束をしてから一週間後の日曜日。 


 なんでこの日かと言いますと、花火大会の日なんです!


 花火、屋台、ぼんおどり。

一番楽しみなのは、屋台……いやいや……花火! 大輪の花が咲いたような花火大会!

今、ゆかたを着付けしてるんだけど、出来てからのお楽しみで目をつむってるんだ。


「……ほら、出来たわよ」


 ポン、と私の背中をたたくお母さん。


「……うわぁ!」


 か、かわいい……!

 ひまわりもようにオレンジの帯、メイクもしてある。


「久しぶりにたくみくんと花火大会に行くんでしょ? ならかわいくしなきゃね」

「ありがとう! お母さん!」


 時計を見ると、あと十分で花火大会が始まる。


「じゃあ……行ってきます!」


 私は満面の笑みを浮かべて外へとかけ出した。



「……楽しみだなあ」


 えっと、そろそろ神社につくころ……。


「あっ!」


 ゆかたすがたのたっくん発見!

 ……と思って声をかけようとしたら、思わず足が止まった。


(……かっこいい、けど……)


 黒のゆかたを着て立っていると、なんだか近づきにくいっていうか……。しかも、なんか雰囲気がいつもとちがうような気がする。

 スーッと息をすって声をだす。


「たっくん!」


 私が声をかけると、パッと表情を明るくして手をふってくれた。


「かな!」


 あ、いつものたっくんだ。


「かわいいね、似合ってるよ」


 ニコッといつもとちがう笑顔をうかべる。そう、いつものおっとり王子じゃなくて、上品な王子っていうか……。


(まあ、それはさておき……)


「じゃあ、のぼろっか」


 階段をのぼろうと足を動かす。

ちょうどその時、ふわっとやさしい風がふいた。


「……あ、キレイ」

「なにが?」

「……へっ?!」


 こ、声にでてた?!


(というよりなに考えてたんだ、私!!)


 風になびいたたっくんの髪の毛を見て、キレイなんて……。


「……うわぁっ!」


 階段をふみ外して後ろへ倒れると思った瞬間、こしにだれかの腕がまきついた。


「……だいじょうぶ?」


 こういう時に助けてくれるのは……もちろん!


「ありがと、たっくん」

「……?」


 あれ? 私の前にたっくんがいる。じゃあ、私を助けてくれたのはだれなの?


「……え?」


 赤茶色の髪の毛に、紫の瞳。


「たっくん……?」


 そう、たっくんの生き写しのようなすがたをした子が立っていたの。

「……?」


 ふしぎそうに私をじーっとのぞき込む男の子。


「……ナツ兄!?」


 最初に口を開いたのはたっくんだった。


(ナツ兄?)


「ああ、タクミか。この子は……好きな子? ごめん、じゃましちゃっ……」

「ちがうよ! クラスメイト! おさななじみ!」


 顔を真っ赤にしてうったえるたっくん。


「えーっと、たっくん。この……ナツ兄ってだれ?」

「ボクはナツキ。タクミのハトコだよ」


 たっくんにハトコなんていたっけ?

まあいいや。なんかたっくんが二人みたいでおもしろいし。


「私はかな、澤田かな。たっくん…タクミ君のおさななじみ。よろしくね」

「よろしく」


 私とタツヤくんが自己紹介してる間、たっくんはつかれたようにため息をついていた。


「まず、なんでここにいるんだよ、ナツ兄。ちがう地区だろう」

「たまたまぼーっとしてたら知らない世界に迷いこんでた……」

「知らない世界って……!」


(お、おもしろいっ、一見クールそうなのに……)


「まったくナツ兄はマイペースなんだから……」


 ハア、と頭をかかえるたっくん。


(なんか、似てるのに似てないなぁ……)


 ふしぎだな、ナツキくんって。


「……な。……か……な……かな!」

「へっ!?」


 心配そうに私をのぞきこむ二人。


(ま、待って待って! 一気に二人に見られると心臓がっ!)


 一応私も女の子だもん! 心臓が破裂するよっ!


「だっ、大丈夫! ちょっと心臓が破裂しそうになっただけ!」


 って、なに本心言ってんの私〜っ!


「えええっ!? だっ、大丈夫じゃないよっ! 病院! 病院に行かないとっ!」

「ちっ、ちがうの! 大丈夫! ウソ! ジョウダンだってば!」


 私の言ってること本気で信じてうろたえてるたっくんもおもしろいけど。


「……ほんとに苦しくなったら言ってね、かな」

「うん」

「……あ、そうだ。よかったらいっしょに神社で花火見ない?」


 ナツキくんが提案してくれる。


「あっ、いいね!」

「そうしよっか」


 たっくんとうなずいて、私たちはナツメ神社へと向かうことにした。


「ここって、出会いをもたらす神社と同時に、夏告なつめ神社ってよばれてるらしい」

「へぇ、夏告神社かあ……?」

「どうしたの?」


 なんか、草むらに光ってるちょうちょ? みたいなのがいた気がする。


(でも……光るちょうなんているわけないし……ん? 光るちょうちょ?)


 それって――


「あっ!」


 そう思っていると、たっくんが声を上げた。


「どうしたんだタクミ」


「今……光るちょうちょ……みたいなのがいた」


 えっ!?


「わっ、私も見た! さっき!」


(たっくんも見たんだ!)


 なんだろう、さっきより周りが薄暗く見える。


「……あ! あそこ!」


 周りを見わたしていた、たっくんが草むらを指さしておどろいたような声を出した。

たっくんが指さした方を見ると、青く光るちょうちょが林の奥へと飛んでいった。


「おいかけよう!」


 たっくんが林の方へと走り出す。


「あっ、ちょっと!」

「タクミ!」


 私とナツキくんもたっくん行く先へと走り出した。





3 幸せな時間


「……あれ?」


 気がついたらたっくんも、ナツキくんもいなくなってる。


(どうしよう……もう周りは真っ暗だし……)


 ……さっきの光るちょうちょ、昔会ったちょうちょと同じだった気がする。


 ガサッ!


「きゃっ!」


 足元に木が転がっていてつまずいてしまった。


「……っ」


(暗くて見えなかった……いたた……)


 明るい時には気にならない神社の雑木林がいつもとはちがって見える。

 草木のゆれる音がまるでおばけの声みたいだ。


 ダメだな、こんな草音だけでこわがるなんて……。

 ガタガタと足がふるえる。


(はやく、二人のところにもどらなきゃ)


 足が……動かない。

 サーッと血の気が引く。


 ガサガサッ


「……!」


 こわいよ。ナツキくんでもいい、たっくんでもいい。早く、だれかたすけてよ!

 ポロポロと涙がこぼれ落ちる。


 ふわっ


『なかないで』


 やさしい声が聞こえる。

バッと顔をあげると、さっきの青いちょうちょが私のはなに止まっていた。


「あっ!」


(光るちょうちょ!)


『こっち』


 ふわり、と林の中を飛んでいった。


「まって!」


 私も条件反射で走り出す。


『こっちだよ』

「……はあ、はぁ……はぁ」


 息苦しいけど、休んだらちょうちょがどこかに行ってしまうかもしれない。


 ガサッ!


 林をぬけると、二人の男の子がいた。私は息を大きくすって声を出した。


「ナツキくん、たっくん!」


 二人はおどろいたように目を見開いて私の方へとかけてくる。


「「かな!」」


 あ……ここ、ナツメ神社だ。


(よ、かったぁ……)


 その場にガクッとくずれおちる。


「ごめん! ボクがちょうちょを追いかけて走ったから……」


 くちびるをかみしめるたっくん。


(心配、してくれたんだ)


 トクン、私のむねの中で、コドウが鳴った。


「……大丈夫だよ、私は大丈夫!」


 ニコッと笑ったら、ヒュー……と空から音がなった。


 ドーン!


「……わぁ!」


 花火だ!

 赤、黃、緑、オレンジ、ピンク……。色んな色の花火が打ち上がる。


「キレイ……!」


 ドンドコドンドコ


 遠くから聞こえる太鼓と人の声。近くから感じる優しい風と花火の光。

たっくんの横顔。


(……時が止まればいいのに)


 だけど、現実では時間が止まることなんてない。

 だから、幸せな時間を楽しもう。忘れられない物語おもいでをのこすために。


「……あれ? そういえばナツキくんは?」

「ナツキってだれ?」


 えっ!?


「たっくんの……ハトコでしょ?」

「……ハトコなんていないよ?」


 え、えええええっ!?


(でも、さっきたしかに……)


 そこで私はハッとした。


 たっくんと初めてあったとき、そして、今日。


 あの青いちょうちょに導かれてた気がする。

 出会いをもたらすというナツメ神社に現れたナツキくんって……もしかして……。



 その後、私の自由研究はというと……


 たっくんに手伝ってもらったものの、あまりうまく出来ず、けっきょくいつも通りの結果に。


 でも、たっくんと私の不思議なひと夏の体験は、私の心の中に今でも残っている。


 これは、私だけの夏物語だ。



2023・8・25 了                           

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❖あとがき❖


 最後までお読みいただきありがとうございます。SANAです。


 このお話は私が小学五年生の夏休みの工作の代わりに書いた物語で(母にコンビニで小冊子本にしてもらいました)、人生初の人に読んでもらうために書いたお話です。


 私の学校では五年生は全員自由研究を提出することになっているのですが、なかなかアイディアが思い浮かばず、主人公のように悩んでいました。

 そこで、夏休みなので夏の、同じ小学生に馴染みやすい、ちょびっと不思議で恋愛風(?)の物語を書こうと思いつきました。


 ちなみに……。

 今回母に「今回の主人公の幼馴染 タクミはどうしてあんなキャラなの?(タラシの子やなぁ~・笑)」とツッコまれました。


 それは私の個人的に好きなタイプだからです(笑)


 まあ、今思うとタクミみたいな男子は嫌ですけどね(天然タイプが好み)不器用だけど優しいヒーローでも、頼りになる優しいヒーローでも、元気な熱血ヒーローでも、人間がなっていれば誰でも大好きですー!


 はっ! 初めてのあとがきだからと長々書いてしまいました(反省)

 では、またお会いしましょう!


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☆ここまで読んでくださってありがとうございます!♡や、やさしい感想等お聞かせ願えるとうれしいです!SANA✿☆

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