第9話 秘めた想い


「待って!」


 はぁ、はぁ、と荒い息をしながら走る。レイナは屋敷を出て、近くの林に入った。


 ガサガサガサッ!


 草木をかき分けて進むと、湖が見えた。湖の直ぐ側で、彼女がうずくまっている。


「……」


 近づいて、彼女の顔を見ようとして、迷った。


(……こういう時、どうすれば良いのかな)


 彼女のことは、なにも知らない。

なら、なにも触れない方が彼女のためなのではないのだろうか。


(……私、だったら)


『大丈夫』


 ふと、聞いていて安心するような、力強い声を思い出した。


「……っ」


 バッと彼女を包み込む。優しく、でも少し強く。


「大丈夫、大丈夫だよ」


「……っ!」



 ボロボロとレイナの涙が私の服に染みを作った。だけど、そんなことは気にしない。


 一番気にするべきは、彼女――レイナの気持ちだ。そうしないと、自分が自分を許さない。

レイナのことはなにもしらない。それは事実だ。


 だけど、分かりたい。

お節介だろうが、嫌がられようが、知りたい。


 苦しんでいる人がいるなら、私は手をさしのべるんだ。それが、私の目標だから。



「……っな、んで、私を、追いかけたのです、か。私、あなたのこと、何も知らないっ」


「私も、知らないよ。……私ね、夢があるんだ。世界中の人を、幸せにするっていう」


「そんなこと、できるわけ……」


「ないって、思うでしょ? ……でも、やるんだ」


 力強い声。聞いていたら、自分を励まされているような気がした。


「私から見たら、レイナは凄く苦しそうだった」


「!」


「だから、助けたい。私が、私の夢を実現させるために」


 真っ直ぐな瞳で、レイナの目を見るルナ。


「だけど、これは私のわがまま。話したことは話して、話したくないことは話さなくていいよ」


「っ……あり、がとうっ……」


 爽やかな風が、泉の周りを吹き抜けた。



   *  *



「ルナさんっ!」


 彼女たちが、部屋を出ていく。


「アル! 俺が行ってきます!」


「……わかった!」


 アルに声をかけてすぐ二人の後を追う。


(少し出遅れてしまった……)



 ガサササッ!


 林の中を進んでいくと、二人の姿が見えた。


(あ……!)


 レイナが、泣いている。どうすればいいのかわからない、という顔で、ルナがレイナを見つめていた。

すると、ルナが意を決したような瞳で、レイナに抱きついた。


(二人がなにか喋ってる……)


 二人の会話が聞こえるように呪文を唱える。



「…………な、んで、私を、追いかけたのです、か。私、あなたのこと、何も知らないっ」


「私も、知らないよ。……私ね、夢があるんだ。世界中の人を、幸せにするっていう」


「そんなこと、できるわけ……」


「ないって、思うでしょ? ……でも、やるんだ」


 真っ直ぐな瞳、力強い声。


(……ああ)


 自然と、口元がほころびる。


 誰かが迷っている時は必ず声をかけて、正しい道を教えてくれる。誰かが落ち込んでいれば、どうやったら元気になるか一生懸命考えてくれる。


 それが、ルナの良いところだ。


「俺は、貴女のそういうところが……」



 ずっと、好きだったんです。



 本人に聞こえないように、小さな声でつぶやいた。



   *  *


「私、フィリップ様という婚約者がいるんです」


 レイナは赤い目をしながら、ぽつり、ぽつりと心に秘めていた事を話してくれた。


「別に嫌っているわけではないんですが、あまり乗り気ではなくて……だから、お断りしようと思っていたんです。父も母も、それで良いと納得していたのですが……」


 また、涙が溢れ出た。


「お断りした次の日、なぜかフィリップ様と婚約することになっていたのです。どういうことかと周りの方に聞いても、”何を言っているのですか?”と信じてもらえなくて……だれを、信じて良いのか分からなくなって……っ」


 レイナがルナの目を見て、泣きながら問う。


「――ルナさん、は、信じてくれますか……?」


「……うん、信じるよ、――大丈夫」



 久しぶりに、大声を上げて泣いた。小さな子どものように。


 不安だった。怖かった。だれを信じて良いのかわからなかった。

 そんな中、大丈夫だと、信じると、言ってくれた。


 彼女は、とても不思議だった。

赤の他人のはずの私を助けてくれて、優しくしてくれて。


 ありがとう、ありがとう……。



 空が真っ赤に染まった頃。いつの間にかレイナは、小さな寝息を立てていた。


「……ふぅ」


 ルナはずっとためていた緊張の糸を解いた。


「運ぶの、手伝いますよ。ルナさん」


 上から、急に声が降ってきた。


「わっ! ……ってオスカーかぁ」


「すみません、実は聞いてました」


 レイナをお姫様抱っこして、歩き出す。


「急に婚約お断りの話を忘れてしまうのはさすがに変だよね?」


「ええ、皆が口裏を合わせているか……もしくは魔法でしょうか?」


「帰ったらどうする?」


「アルと、レオとコルンとハルヴィ団長にだけ話しましょう。一応レイナさんに了解を得て」


「うん、わかった」


 そう言っていると、だんだんリランガの村が見えてきた。


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