第8話 恋心

 荷馬車の中では。


「……今まで隠していてすみませんでした。俺はそもそも、公爵の息子だったんです」


 突然の自称に、みんなが金魚のように口をパクパクさせていた。


「こっ、こうしゃく!? ……って何?」


 ルナの一言に全員がズッコケた。

「ざっくりいうと、王族を支える人々の位の名前です。爵位しゃくいは上から、公爵こうしゃく侯爵こうしゃく伯爵はくしゃく子爵ししゃく男爵だんしゃくの五つがあります。俺の父は爵位の一番上、公爵。王の親戚ということです」


(王族の親戚……!?)


 まだ信じられない。

昨日まで家族のようだった人が、王族の親戚だったなんて。


「申し訳ありません、クリス様。ご出身を隠していると存じ上げなかったとはいえ、私のせいで……」


「いえ、レイナさんのせいではありませんよ」

今にも泣き出しそうなレイナをなだめるオスカー。


 なんだか、胸の奥がモヤモヤする。


(私の知らない表情をするオスカーを見てると、胸が少しざわざわする。あんまりいい気分じゃないみたい)


「……そういえば、さっき”クリス”って言ってたが、本名は何なんだ?」


「混乱するでしょうから、後々教えますね」


 ニコッと微笑むオスカー。けど、いつもの笑顔じゃない。少し、元気がないように見える。


「そうだわ! 皆様、私の村へ泊まってはいかがでしょう?」


 ぱぁっと花が咲いたような笑みを浮かべるレイナ。


「……そうだね。野宿も飽き飽きしていたところだし……」


 ハルヴィ団長が顔を出す。


「決まりですね! さぁ、出発いたしましょう。リランガの村へ」


 レイナの掛け声とともに、リランガの村へ出発した。




「ようこそリランガの村へ。よくぞお越しくださいました」


 ルナたちの前にあるのはご飯、飲み物、デザートの山。

リランガの村に着いて突然、「お客だ!」「ごちそうだ!」と一番大きな屋敷に招かれた。招かれた屋敷の食堂らしきところでは、次々と料理が置かれていく。また、でんっと大きなケーキが置かれた。


「……歓迎してくれるのはありがたいのですが、なぜ私達にこんなごちそうをふるまうのですか?なにかこの村で問題でも?」


 ハルヴィ団長が静かな声で問う。

すると、長老様が口を開いた。


「察しが良いですね。……あなた方はフィレーナ港で水龍を沈めたという噂を聞きました。なので、この村で起こっている難問を解決できるのでは……と」


「……対価は?」


「もちろんお出しましょう」


 ハルヴィ団長は私達の目を見た。


 引き受けるかい?


 口には出していないが、目で伝わった。


 もちろん。


 ニッと不敵な笑みを浮かべた。


「……引き受けましょう」


 そう言うと、長老様はホッとしたように息をついた。


 ……ただ一人、表情を曇らせているのを除いて。




「うぅん……眠れない」


 ルナははぁ、とため息をつく。

リランガの村に滞在することになったその日の夜。

なんだかあまり寝れない。眠ろうとまぶたを閉じるが、なかなか寝付けず、寝返りをうっている。


「散歩でも行こっかなぁ……」


 独り言を呟いてベッドからそーっと出た。念のため上着を持って。


 カチャ……


 玄関の扉を開けて出た後、音を立てないように閉じた。

上着を持ってきて正解だった。今の時期は夏だが、夜になると少し肌寒い。


「……はぁ」


(リランガの村に来てからずっとオスカーとレイナの関係が気になって、そればっかり考えちゃうんだよなぁ)


 この気持ちは、何なのだろうか。


(嫉妬……かな。恋愛の本でよく好きな子と仲がいい子に嫉妬する、なんてことがよくあるけど……オスカーのことが好きなのかな、私)


 ぐるぐると考えれば考えるほど、頭の中が濁っていくようだ。


「……!」


 気がつくと、ルナは高い塔の前に立っていた。


「ここは……」


(城下町の星見塔みたい……)


 よく通っていたところだった。城下町ではパワースポットだったり初恋が叶う場所としても有名な塔だ。

 なんとなく、塔に登った。


 カツン、カツン――……。


 自分の足音が階段を登るたびに、響く。


「……誰ですか?」


 最後の階段を登り終えたところで、聞き慣れた声がした。


「オスカー、私」


「ルナさん……!?」


 扉を開けて、彼の顔を見た。

寝る前だからか、髪の毛をおろしていつもと違う雰囲気だ。


「どうしたんですか? ねむれないんですか」

「……ちょっとね」


 ルナはすとん、と音を立てて隣りに座った。

空を見上げると、満天の星がキラキラと輝いていた。


「きれい……」


 隣からクスリと笑う声が聞こえる。


「知っていますか? 特に光っている二つの星……琴とわしに見立てた星座には、ある恋の話があるんです」


 オスカーは空を見上げながら、ぽつり、ぽつりと話しだした。



 これは、天ノ川の両岸に住む二つの星、ベル姫とアルルの物語。

ベル姫は天帝の娘で、彼女は毎日一生懸命に織物に励んでいました。一方、アルルは牛飼いでした。

二人は出会って恋に落ち、結婚します。

 しかし、二人は恋愛に夢中になりすぎて、ベル姫は織物を、アルルは牛の世話を怠ってしまったのです。天帝はこれに怒り、二人を天の川の反対側に引き離しました。すると、今度は悲しみに暮れ、働くことができなくなってしまったベル姫とアルル。

 その様子を見かねた天帝は、仕方なく、天の川を挟んで2つの星が最も輝くこの日だけ、二人が天の川を越えて出会うことを許したのでした。



「めでたしめでたし」


「いいお話! 昔も私が読みやすい本とか紹介してくれたよね」


 「だから……」と言葉を続けるルナ。


「私、オスカーが紹介してくれた本、全部大好き!」


 そういった瞬間、オスカーの体が、ビクッと震えたような気がした。

驚いて、オスカーの瞳へと視線を動かすと……。


「……ルナさん」


 名前を呼ばれた瞬間、ドキッと心臓が跳ねた。

はにかむように微笑んだオスカーの表情がとても綺麗で、息をするのも忘れてしまう。


「…………そろそろ冷えてきましたね。部屋に戻ったほうがいいですよ」


 オスカーが、何かをぐっと抑えたのがわかった。言いたいことがあるのに、それを言わずに抑えるのは彼のクセだ。

 ……でも、何も言えない。


「そう、だね」


(なにを、言いかけてたんだろう……)


 ぐっと唇を噛んだ。

今、何を言いかけたか聞いてもいいのだろうか。なにか、触れられたくないものだったとしたら?


 ……でも。


「オスカー」


 ぐっと、彼の手を掴んだ。

 

「さっき、何を言おうとしてたの?」


 彼の瞳が、不安げに揺れた。

やっぱり、聞かないほうがよかったのだろうか。


「……そう、ですね」


 不安げに揺れていた彼の瞳が、意を決したようにルナの瞳を捉えた。


「根性無しなので、少しだけ、時間をください。近いうちに、必ずお話します」


 「……だめですか?」と目で伝えられ、ぎこちなくうなづいた。


「ありがとうございます」


 オスカーがニッコリと、いつものように微笑んだ。



   *  *



「最近、村に強い風が吹くようになりましてな」


 次の日。ルナたちはリランガの村で起こっている”腐蝕ふしょくの風”問題の経緯いきさつを聞いていた。


「その風を私達は”腐蝕の風”と呼んでおります」

「腐蝕……つまり、その風が原因で金属や食べ物が錆びたり腐ったりしているのですか?」


 オスカーが質問すると、長老様がゆっくりと首を縦に振った。


「ええ、腐蝕の風が吹き始めたのは二週間前になります。最初に食料が腐りはじめ、日持ちしなくなりました。一年ほど持つはずの食料が、たったの一週間で腐り、困っていたのです……」

「このままでは、冬を越せないかもしれません。もうすぐ新秋祭しんしゅんまつりもあるというのに……」


「新秋祭?」


 レイナの聞き覚えのない単語に、首を傾げるルナ。


「この村で行われる行事です。秋の初め、夏が終わったことを神様に伝える……でも、恋のイベントもあるんです」


「恋、ですか」


 めずらしくオスカーが恋愛の話に耳を傾けた。


「ええ、とてもロマンチックなイベントなんです」


「……レイナさんは、好きな子がいるの?」


 コルンがそう聞いてみると、レイナの頬がみるみるうちに赤く染まった。


「そっ、それはっ……」


「もちろん、婚約者のフィリップ様でございましょう」


 長老様の隣りにいた護衛の女騎士が口を開いた。レイナがビクッと肩を震わせたのがわかった。


「婚約者?」


「ええ、レイナ様フィリップ様とは幼馴染だったのですが、フィリップ様が少し遠い村に越してしまったのです。ですが最近、婚約の申し出をしたらレイナ様に受けていただいて……」


「っ……ま、まってください!」


 レイナの震えた、大きな声が響き、全員がレイナに注目した。


「あ、あの、まだ……先の、ことなので、今言わなくてもいいことかと…………とりあえず、リランガの村の、腐蝕の風のことをっ」


「この話題をふったのはレイナさんです。……それとも、婚約者のフィリップ様以外にお好きな方が? そうだとしたら、フィリップ様はさぞお悲しみ――」

「ち、ちがっ……」


 レイナの顔が青ざめる。


「ちがう! 私は、他の人を好きにならない。絶対に、のこと以外は――っ!」


 ばっと身を翻すと、そのまま部屋から出て行ってしまった。


 ガタンッ!


「まって!」


「ルナさんっ!」


 レイナの跡を追いかけて、走り出した。

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