第6話 祝福と呪い


『私の所においで……』


 イリス・ウェーデルの甘く、べっとりと張り付くような声を聞いた瞬間、アルの頭の芯がぼうっとした。


「ア……ル!」


 後ろで、黒髪の少女が叫んでいる。


(誰だ……?)


 顔がぼやけていて、よく見えない。


『オイデ、オイデ。ワタシノソバへ』


 声がした方にふりかえると、美しい人魚が、優しく微笑んでいた。


(ああ、あっちに行かないと)


 なぜかそう思って、自然と足が動いた。


 その瞬間、一つの疑問が浮かんだ。


(……本当に、それでいいのか?)



 あったはずだ。美しい人魚より、自分より、大切なものが。

黒髪で、魔法は使えなくても、いつも元気でまっすぐな、夜空のような瞳をした少女。


 戻らなくては、と強く思った。





「アル‼ 戻ってきて‼‼」


 ビクッとアルの体が震えた。


(ああ、戻ってきた……!)


 鼻の奥が、ツンとする。ルナは涙が溢れてきた。

大好きな彼はこっちを向いて、不敵に微笑む。


「……サンキュ」


 ギュッと、手を繋いだ。

彼の体温が伝わってくる。それだけで、不安はすべて吹き飛ばされた。


「……とりあえず、俺達の仲間を取り返そう」


「うん……!」


 目の前で、怒りに打ち震えた声がした。


「バカな……イリス・ウェーデルの魅了の力を破るなど……!」


 般若のような顔でルナとアルを睨む水龍。


「こうなったらお前ら全員、ほふってみせよう!」


「……!」


 改めて気を引き締めた、その時。


「おやめなさい‼」


 凛とした声が、辺りに響き渡った。


「……!?」


 声がした方を振り向くと、煌めく浅葱色あさぎの髪の毛をした女性がふっと微笑んだ。


「……はじめまして、人の子。私はここレイヴェル地方の守護龍――ベルヴォー」


「ベル、ヴォー……?」


 ベルヴォーは、ルナ達の方に微笑みかけた後、くるっと少女の方へ向き直った。


「カーナベル! いくら人に興味があるとはいえ、体に潜るのは人にとって大きな負担なのですよ!」


 少女は先程までの勢いをなくすと、姿を小さな水龍の姿に変えた。


「……母上、これはちょっとした研究だ。負担がかかっているとはいえ、死ぬわけではないだろう」


 はぁっとベルヴォーはため息をつく。


「死ぬわけではなくても、寿命が縮む可能性があるのです。人はもろい、ということをいい加減わかって」


 カーナベルと呼ばれた水龍は「……はい」と不貞腐れたような返事をした。


「あ、あの……?」


 ベルヴォーはハッとして慌てて笑みを作った。


「ごめんなさいね。この水龍は私の子、カーナベル。今回のご無礼、本当に申し訳ないわ」


 優雅な動きで頭を下げるベルヴォー。

 慌ててルナが首をふる。


「いいえ! 大丈夫です! 今のところ、体は何も問題ないので!」


 そしてルナは頭の中で、一つの疑問が浮かんだ。


(あれ……? カーナベルが私の中に入って負担がかかってるはずなのに、体……なんともないっておかしくない? むしろ調子がいいし、体も軽い……)


「あなたの名前を伺ってもよいかしら?」


 一瞬、肩がズンと重たくなった気がしたが、ベルヴォーの声を聞いてはっと我に返った。


「あっ、はい! ルナレイン・アルファです。ルナでもいいです」


「そう、ではルナ。我が子の無礼のお詫びに祝福を授けましょう」


「祝福……?」


 首を傾げていると、隣にいたアルが説明する。


「龍が気に入った人間を祝福して、手助けをすると聞いたことがある。それをルナに?」


「そう、祝福は護りでもあり助けでもある。それが嫌ならやめることもできるけれど」


 さあ、どうします?


(? なんでだろう……嫌ってわけじゃないのに、どうして胸の奥がもやもやするんだろう)


 ルナはもやもやした気持ちをふりきるようにべルウォーに答えた。


「……お願いします」


 ベルヴォーはにっこりと、優しい笑みを浮かべた。


「じゃあ、始めましょう」


 ベルヴォーの手を取り、ふっと瞳を閉じた。


「愛、絆、希望……光を信じ、正しき道へ進むよう、祝福をいたしましょう」


 ルナの手の甲に、指でなにかを描くベルヴォー。そして、ぽうっと淡い光を放ち、そのまま消えてしまった。


「……終わったわ」


 ふっと瞳を開き、ニッコリと笑うルナ。


「ありがとうございます、ベルヴォー様」


「……」


 ベルヴォーは、少し不思議そうに微笑んだ。


「どうかした?」


「……ルナ、貴女は――」


 西の空が少し赤くなり、ベルヴォーの髪の毛と、ルナの髪の毛が朱に染まった。


「いったい、何に囚われているの?」


「――え」


 その場にいた全員が、硬直した。


(今、なんて……?)


「なにかに囚われた瞳をしてる。人の間では……呪い、というのだったかしら?」


「呪い……? ルナが?」


 アルが、信じられないという顔で口に手を当てた。


「その呪いとは、なんなのですか」


「正確な内容はわからないけれど、貴女に触れた時、おそらく呪いをかけた人の声が聞こえた気がしたの――」


 オスカーが聞いた後、息をするのも忘れて、ベルヴォーの話に耳を傾ける。


「”絶対に、いつ何時であっても…”…ごめんなさい、それ以上は解らなかったのだけれど……」


 ドキン ドキン ドキン


 ルナの鼓動が、早くなる。


(なに? 胸が、目の奥が、熱い)



 知らない、わからない。私に呪いをかけた人なんて。

 なのに、なのに、わかる。知ってる。


 黒曜石みたいな髪と、アメジストのような紫の瞳をしていて、優しく微笑んで抱きしめてくれる存在。世界にただ一人の、特別な女性。もしかして――


「お、かあ、さん……?」


 ねえ、そうなの? お母さん。 私に、呪いをかけたのは。



 ベルヴォーはハッとして、しまったという顔になった。


「ごめんなさい、今のは――」


「もし」


 ルナが、なにかを決意したかのように真っ直ぐな瞳で、ベルヴォーを見た。


「……もし、私が呪いを抱えていたとしても、私は、前へ進みます。――仲間たちと。

 私が化け物でも、呪いを抱えていても、受け入れてくれる……やさしい、仲間と」


 ルナの言う、”仲間たち”はふっと微笑んで、ルナのいる方へと走り出した。


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☆ここまで読んでくださってありがとうございます!♡や、やさしい感想等お聞かせ願えるとうれしいです!SANA✿☆


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