第40話 大事

 抱きしめ合っていた僕とルーナさんだったけど────僕は、ここがレドロン公爵家の屋敷の中にある客室だということを思い出してルーナさんから体を離した。

 すると、ルーナさんも僕の意図を汲んでくれたのか、僕から体を離してくれた。

 そうだ……ルーナさんの身の安全で頭がいっぱいだったけど、まだレドロン公爵との話が残っているんだ。

 そのことを思い出した僕は、改めてソファに座ると、レドロン公爵と向き合って改めて言った。


「レドロン公爵、さっきの話の続きですが……レドロン公爵の自益を求めた行動によって、多くの人が困っているんです……だから、そういったことを今後はやめて、民の人たちのことを最優先に考えて欲しいんです」


 また自己満足だと言われるかもしれないけど、この国の民の人たちを助けられるなら、レドロン公爵にどう思われたって関係ない。

 そう心に決めて、レドロン公爵がしてくるであろう反論に対して心構えを作った僕だったけど────


「わ……わかりました、アラン様、では今後はそのようにさせていただきます」

「……え?」


 レドロン公爵から、予想とは反対の反応が返ってきて、思わず困惑の声を上げてしまった。

 でも、僕が困惑の声を上げてしまうのも無理は無いはずだ……さっきまでは自分の権限を使っただけだと開き直っていた人が、話を再開した途端にその意見を反転させて僕の言うことを肯定してくれるようになったのだから。


「あの……レドロン公爵」

「な、なんでしょうか、アラン様」

「いえ、その……さっきまでとは意見が大きく変わったようですが、心境の変化でもあったんですか?」

「わ、私はただ、アラン様の仰れた通り、公爵としてすべきことをすべきだということに気付いただけです」


 さっきから思っていたことだけど、レドロン公爵が何かに恐怖している?

 ……そんなレドロン公爵に疑問を抱きながらも、僕はレドロン公爵の様子を窺う。


「そう……なんですか?」

「は、はい」


 レドロン公爵は、冷や汗をかきながらそう言った。

 仮に僕の言葉でレドロン公爵の考え方が変わったという話が本当だったとしても、おそらくそれはレドロン公爵の人が変わったことの一割ぐらいの要因に過ぎず、残りの九割はもっと別の部分位あるんだろう。

 でも、今この場でそれを追求してレドロン公爵が意見を戻したりしたらそれこそ本末転倒なため、今のレドロン公爵が僕の提案を受け入れてくれると言うなら、ひとまずはそれで話を進めよう。


「では、今後は勝手に土地を使って建物を建てたり、食べ物の流通を自益だけのことを考えて決めたりするのはやめてくれるということですか?」

「は、はい」


 ……少し腑に落ちないところもあるけど、とりあえずそのことを書面で残してもらったため、この国は今後より良い方向に進んでいくだろう。

 僕とルーナさんはレドロン公爵家の屋敷から出ると、宿へ戻るために馬車に乗った。

 そして、ルーナさんが僕に話しかけてきた。


「一時はどうなることかと思いましたが、レドロンさんの考えは改められたようで何よりでしたね」

「はい、ひとまずこれでこの国の困っている人たちの大勢は良い方向に進んで行くと思います」


 まさか、一日でこの問題が解決するとは全く予想していなかったけど、良い方向に進むならやっぱりそれが一番だ。


「アラン様のお父君から命じられた国への貢献というのは今回の件を解決したことで十分かと思われますが、今後はどうなさりますか?」

「そうですね……ひとまず、宿に戻ってそのことも考えたいと思います」


 そう、そのことも考えないといけないけど……その前に、僕はルーナさんにどうしても伝えたいことがある。

 でも、それを伝えるのは宿に帰ってからだ。


「わかりました」


 ということで、僕とルーナさんを乗せた馬車が宿に到着すると────僕は、ルーナさんと一緒に宿の部屋に帰ると同時に、ルーナさんのことを後ろから抱きしめた。


「アラン様……!?」


 突然のことに驚くルーナさんに、僕は伝える。


「僕、今日ルーナさんがもしかしたら危険な目に遭うかもしれないと考えた時、僕がどれだけルーナさんのことを大事に思っているのかということを自覚することができました……僕は本当に、ルーナさんのことが大事です」

「……私も、アラン様のことが何よりも大事だと考えています」


 ルーナさんは、優しい声でそう言ってくれた。


「ありがとうございます……でも、だからこそ────ルーナさん、これ以上……僕のために危険なことはしないでください」

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