甘かった

釣ール

ストレス・チェーン

 蚊暗頼芳かやみぶらいた二十一歳は引越しを終え、新しい職場も探し終えなけなしの金で買ったVRで久しぶりに子供の頃のようにはしゃいでいた。



 不景気に理不尽、フィクションほど発展しなかったインターネットと少しずつ社会に溶け込んでいったSNS。



 当然だがストレスしかたまらなかった。

 家も裕福ではなかったから、インターネットや出先で拾った格闘術で喧嘩をし続けてもあまりいい効果は得られなかった。

 別に暴力を否定するわけじゃない。

 かつて頼芳が行ったストレス発散に救われたらしい歳下の男性が子分のように勝手に従い、金以外のお礼を渡してくれた。

 VRまで渡してくれるとは思わなかったが資金源はどこから持ってきたのかあえて聞かないようにした。

(念の為半分彼には支払った。それが例のなけなしの資金なのだが。)



 おおよそ分からなくもない。

 物欲ぶつよくがないが貯金はしていて他に使うアテがないだけかもしれない。

 インターネットにいる歳上なら分かるが身近かつ不本意でも助けた相手がそんな状態なのはあまりいい気分ではなかった。



 それでもVR世界はじっくり楽しませてもらった。

 子供の頃に体験したような感覚はないがインターネットもアナログもつまらない今ではいい楽しみになっていた。



 頼芳は子供の時から敵を作りやすかった。

 同世代はまるでかつてあったらしいケイジバンに書かれたずるがしこい性格が多くSNSが身近になってから余計に悪化した。


 頼芳はインターネットにいる連中と同じようなことをしてしまう同世代に見切りをつけていた。

 元々体格はそこまでいい方ではなかったものの理由を明確にすれば反撃は許されると信じてすでに別れた幼なじみの彼女を追い詰めた実行犯たちのグループを崩壊させた。



 それから孤独を誤魔化すように一人で喧嘩を行っていた。

 規制が厳しいから目立った行動は出来ず、いい加減な理由で暴力をふるったことはないが。



 VR世界ならそれなりに解放的ではある。

 しかし皮肉なものだ。

 みなが信じきってるやり方では返って誰も救わずに敵を増やすばかり。

 いまなら頼芳も不器用な人間の辛さが分かる。

 助けた彼もその一人だ。


 そんなことを考えていると文字通り暗い世界から腕のような黒い巨大な腕に掴まれ、引きずり込まれた。


「キッキッキ。

 ツヨソウナワカモノダネエ。

 ウラナッテアゲルヨ。

 クルシクナルヨウニナ!」


 そうか。

 盲点だった。

 そりゃあるよな。

 ウイルスは。


 目が覚めてからというものの、まるで二日酔いのように景色がゆれてみえる。

 医者に行ったって判明するわけがない。

 なぜならVR世界で生まれた病だから。


 彼にはすでに占った誰かの特徴を伝えてある。

 運がいいことにスクリーンショット機能が搭載されていて怪しげな場所だったから念の為撮っておいたのだ。


 それだけで特定は出来るとは思っていないがこういう経験だと医者は頼りない。

 科学や医学の進歩も今や止まっている。

 出なきゃ健康を不自然に押し付けてくるわけがない。

 事実を確実にするために勉強している連中が実は時代遅れだったなんてどこの世界でも数年間起こったままだ。


 しかし頼芳もうかつに行動するべきではなかったと反省している。

 身体も満足に動かせないなかで仕事までやってるからかストレスが強くおそってくる。


 端末に彼から情報が入った。

 裏を好む奴はそのまんま路地裏にいたらしい。

 ピュアな奴か。

 普段なら舌打ちするところを今はそのわかりやすさに感謝しつつその場所へ急いで向かった。



*ーヤツノイドロコ


 彼のお陰で思ったよりも早く特定に成功した。

 こんなことを言ってはなんだが彼が無事でいることが気になる。


「犯人特定ありがとう。

 しかしよく無事だったな。

 相手は一人なのか?」


 彼も詳しいことは分からないらしい。

 尾行されていないか隠しカメラの映像をまだ調子が戻っていない中で確認していた。


 なるほど。

 わざとか。


「VR世界で俺を誘ったのは狙った行為ではないようだ。

 だが追わせるように仕向けているのか間が抜けてるのか分からない。」


 罠がいくつかありそうだ。

 この世界の医者じゃ治せない体調不良でここまでやってきて一発ぶん殴らせてもくれないとは嫌な性格している。

 それでも入らなければならないか。

 頼芳は一か八かアジトへ入ることになった。


 空き家でも借りてるのか掃除はされているが暗く、人気のない所だった。


「いやあ。

 若いって素晴らしいね。

 ん?

 それとも君が素晴らしいのかな?」


 せめて顔だけでも覚えようとうつろな目で見てみると身体が文字通り透けた立体映像が流れていた。

 もしくは最新技術?


「驚いたかい?

 性別も年齢も設定されていないSNSで人間達が理想としている姿、だよ。」


「そんなことはどうでもいい。

 はやくこのウイルスを治せ!」


 頼芳にとっては元の生活にさえ戻ればいい。

 この口調からさっするに考えているように見えてヤツにとってはゲーム感覚でしかない。

 それにしても使い古されたような見た目に喋り方だ。

 人間が作ったにしてはあまりちゃちくて、ひと昔前の子供が考えたような理想をそのまま出したような存在だ。


「このウイルスを仕組まれた人間の中で君が初めてだよ。

 が前提で特定してきたのは。」


 それまでも特定した奴はいたのか。

 まさか!


「今まで特定してきた人間はウイルスを治るものだなんて思ってなくてここまで来たはいいもののボクを倒そうとしてばかりで無理して倒れていったよ。

 今頃は入院中かなあ。」


「ほほう。

 殴る手間が省けてよかった。

 だが簡単に治すつもりはないんだろう?」


「そうだねえ。

 君はおぼえていないかもしれないけれど解き方は知っているはずだよ。

 そもそもいくら特定出来たからってウイルスを仕込まれてここまでやって立っていられるのは君くらいだし。」


 理解、があるのか?

 会ったことはないが喧嘩した奴らの中で根に持っていた誰かの仕業か。

 おおよその検討はつく。



「でも驚いたよ。

 久しぶりに君とVRで再会するなんてね。

 けど覚えていないか。

 ボクは君がいなければ誕生していなかったんだけどなあ。」


「身に覚えがない。」


「つまらないの。

 じゃあ早く帰ってくれ。

 解くからさ。」


 まるで現実世界の電灯をつけるようにウイルスを解いた。

 そこで頼芳は装置を触る。


「ウイルスをちゃんと解いたんだから再会を喜ぼうよ。

 この辺りに引っ越してきたのもそのためだろう?」



「諦めていた所でお前に出会った。

 かつて夢を見ていた俺たちの理想をかなえるはずだった装置であるお前はもうこの時代では使えない。

 だから復讐しにVR空間で全ての人間を襲うつもりで準備していた。」



「そうだねえ。

 君の子供の頃はもう技術もそれなりに発展していたし、フィクションの存在でしかなかったボクもなんとか行動できるくらいにしか月日立たなかったみたいだからさあ!」



 今から七年前。

 頼芳達にとって科学的な妄想をする余地はすでに奪われていた。

 その中でAIを模倣したと馬鹿にされ続けた技術を数少ない友人達と作成していた。

 バーチャルをリアルに変換できるシステム。

 出来ることは近くにいる人間にめまいを起こさせるぐらいの防犯行動。

 ヴィジョンを現実に写し、会話もできる知的生命体のような技術が実現しても頼芳にとってはそれほどの新鮮さはなかった。


 オマケに書店へ行けば時代遅れの権威付けんいづけされた自己啓発が、インターネットでは男女の家族が。

 それなのにスマートフォンは普及されているチグハグぶり。

 労働改善もままならぬまま物は高くなる一方で給料は安い仕事ばかり。


 頼芳は夢のない現代でこんなものを作っても無駄だと責め、友人達から去って喧嘩に明け暮れることになったことを思い出した。


 だからこそ夢があった場所を拠点に、どこで最後を迎えるか考えるため引越しをしたのだった。



「お前もお前でしか対処不能なウイルスを現実にも与えることが出来るようになったじゃないか。

 俺の情報が漏れているのは目をつむろう。

 今はそういうトラブルも防げなくなっている時代だ。

 しかし落ちぶれたなあ。

 夢のない現代で夢を少しだけ見せてくれたお前も誰にでも手に入る情報を頼りにVR世界でウイルスをばら撒くだけの存在に成り下がるとは。」



「君も君だよ。

 ここを舎弟しゃていに教えてもらえないと忘れていたままだった。

 そのウイルスにやられてここまで判断能力があるとは思わなかったボクもボクもだけど。

 VR空間で楽しめたかい?

 素直にボクの元へ現れれば余計な被害も出なかったとは思わなかったのか?

 相も変わらず独りよがりな人間だよ。」



「「所詮自分達が出来ることなんて何もないことを知るだけの日々だったってことだ!!」」



 久しぶりに話した。

 彼とすら必要最低限しか喋っていない。

 もう喧嘩に明け暮れていたのも過去の話だ。

 SNSでさえ誰も頼芳を相手にせず平穏な暮らしを送らせてくれている。



 こいつも寂しい最後を送ることになるのか。

 だとしたらなんで作って放置してしまっているのだろう。

 頼芳が管理を任せられていたのに勝手に降りた罰が当たったのかもしれない。

 いや、自業自得か。



「他の人間のウイルス、解いてやってくれ。

 あの病はあと三十年名医が育たないと治りそうもない。

 可哀想だ。」



「もう解いてるよ。

 君は見通しも生き方も計算も全てが甘すぎる。

 」



「お前が言うなよ。」



 かつてトラブルの実行犯を崩壊させたのは頼芳だと説明したが本当はこいつのおかげだ。

 頼芳は崩壊させる前に一度つかまった。

 鎖で拘束されるなんてフィクションだけだと思ったのにあんな体験をするなんて。

 そこで誰かが実行犯の情報を警察へ告発してくれた。

 しかし告発した人間は誰か分からず、文章だけが残されていたらしい。



「お前だったんだな。

 その時は目的を果たせればいいとだけ思っていたから。」



「直情的だよねえ。

 けれど、技術であるボクとそれっぽい話に持っていっても通じないけれど。」


「別に。

 ウイルスさえ解いてくれればあとはそこで寝ていようが起きてようが関係ない。

 だが管理者権限が未だに俺にあるのなら責任は取る。」



「どう取るのさ?」



「お前と共存する。

 お互い余り物だからな。」



「仲間意識があるのはいいことだね。

 君の喧嘩術をVR世界で間近に見れるほど規制は緩くないのが残念だ。」



 生意気だが懐かしい。

 もう少し会話したかったが時間がない。

 小遣い稼ぎでも頼むか。

 子供の頃から純じゃなかったから、どう付き合えばいいか分からない。


 そうこうしているうちに彼がやってきた。

 端末で一通りのやり取りと指示は出したから穏便に済む。


 なんとか誤魔化して生きていくしかないか。


 頼芳はいつも詰めが甘い。

 そこだけはなんとかしないといけないか。

 辛い人生だ。


 それでも動くしかない。

 割り切って次の目標を達成する日々を送ることを決めたのだった。

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甘かった 釣ール @pixixy1O

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