遠距離通信

尾八原ジュージ

遠距離通信

 暗いところに浮いている夢を見る。

 昨日も見た。前に同じ夢を見てから、もう三週間ほど経っている。どんどん間隔が大きくなっている。今は三週間、そのうちこれがいつか三ヶ月になって、一年になって、十年になって――そう考え始めると、胸が締めつけられるような心地がする。湧き上がってきた涙は水滴になって宙に浮かび、真っ暗な空間にぷかぷかと漂い出していく。

 エミ、ずいぶん遠くまで行ったんだね。

 わたしは心のなかでそう語りかける。


 エミはわたしの双子の姉で、なにかとあれこれ共有しているのが当たり前だった。服とか、本とか――そういえば、友達も共通の子が多かった。それだけじゃなくて、二人の間だけで通じるテレパシーみたいなものが、物心ついたころから普通にあった。

 だから、それは不思議で珍しいことなんだっていう実感があまりない。今スーパーにいるけどスポドリ買ってこうか? じゃあ買ってきて、なんて使い方をしていたと話したら、あまりの何気なさに親は呆れていた。でもそれがわたしたちの日常だったんだから、それでいいのだ。

 実際役に立った。宇宙旅行に参加したエミが、ロケットごと宇宙で消息を絶った後だって、ちゃんと役に立ち続けている。


 あのとき、せっかく抽選に当たったのに、わたしは直前に怪我をしてしまって、宇宙旅行どころではなくなった。事前に配布された名前入りチケットは他人に譲渡できず、エミは一人でロケットに乗り込んだ。

 あとで「運がよかった」と言われた。あの大事故の犠牲者にならずに済んだのだから、と。消息を絶ち、宇宙の藻屑と消えた乗員乗客20名は現在も行方不明。何しろ宇宙空間での事故だから、生存は期待できない。遺体も遺留品も見つからないまま、事故後一年で法的な死が認められた。

 こんな形でエミを、わたしの片割れを失うなんて、思ってもみなかった。


 地球に残されたわたしが「どうやらこれは、エミがメッセージを飛ばしてきたらしい」と思われる夢を初めて見たのは、事故から一週間ほどが経った頃のことだった。

 たぶんそのメッセージは、光よりは遅い速さで飛んでくる。少なくともわたしたちの場合はそうだ。

 わたしは真っ暗な夢を見る。上も下もわからない暗闇の中をくるくる回っている。頭上にも足の下にも何にもない、ただとてつもなくだだっ広い空間が、どこまでもどこまでも広がっている。辺りに視認できるものはない。夢の中はいつでも真っ暗で、ひたすらにひとりぼっちだ。

(エミは今、まさにこういう状態なんだ)

 わたしは直感的にそう理解する。

 とてつもない孤独感、胸が破裂しそうなさびしさは、何度か夢の中で漂っているうちに消えていった。今はただそこにいる。まるで自分が宇宙に浮かぶ星のひとつになってしまったみたいに。

 でも、このメッセージが間遠くなっていくことを考えるときだけは、思い出したように胸が締めつけられるのだ。


 夢を見る頻度は、だんだん落ちている。

 たぶん、エミが地球から遠ざかっているからだ。暗い宇宙の中をくるくる回りながら、おそらくはとっくに死体になって――それでも今のところ、彼女の発するメッセージは、どうにか地球にいるわたしへとたどり着いている。

 わたしもまた、エミに向かって話しかける。スポドリいる? って話しかけたときと同じように、道端で大きなタンポポを見たとか、公園の野良猫に触れたとか、父も母も元気だとか、そういうことを宇宙の彼方に飛ばしてみる。

 それがエミに届いているかを知る手段はない。わたしたちの通信は一方通行だ。でもわたしはこのことが、遠く漂っていく彼女の慰めになることを願い、祈っている。

 わたしの祈りも、たぶん光よりは遅いスピードで、空の果てへ飛んでいく。

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遠距離通信 尾八原ジュージ @zi-yon

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