第2話 最後の大会の悲劇

 中学3年生になった。私は新学期早々、仲良くしていた同じ陸上部のリレーメンバー3人からハブられてしまう。私以外の3人は可愛くおしゃれで、スクールカースト上位だった。お昼休みのお弁当は毎日リレーメンバーで食べていて、彼女たちのおかげでイケてる学校生活を送れていたのだが、3年になると手のひらを返すように急によそよそしい態度をとられたことで、私の付加価値は一気に失われ、可愛くもなんでもない私は正真正銘の陰キャに成り下がった。そして、影響力の強い彼女たちのせいで学年の女子中から無視されてしまうことになる。


 3年になると陸上部の顧問の先生も変わった。2年までの先生は自身も陸上のマスターズ大会に出場するなど、とても熱心で専門知識も豊富だった。先生が考えたメニューを言われた通りこなせば自ずと力は付いていっていた。大会で結果を残せているのも、その先生のおかげといっても過言ではない。そしてリレーメンバーも、先生の指導により2年の秋頃は県大会で上位に食い込めるのではないかというほどに力を付けていた。バカな私は「普段から仲良しメンだし、この絆はどこにも負けないから絶対に勝つ自信がある」と勘違いしていた。ハブられたことで絆はもろくも崩れ去り、彼女たちは練習にも来ない。私が願っていた県大会上位進出もかなわなくなってしまったのである。最後の地区大会の前日、同級生の長距離の部員伝いに「3人が練習もできてないし、リレーに出場するのはやめたいと言っている」と言われた。その子の後ろには3人が様子を伺っている。「いや、私と関わりたくないから練習来ないんだろ、そもそも直接言いに来いよ」と、悔しくて、悲しくて、やるせない気持ちになったことは今でも忘れていない。


 3年の最後の大会までの3ヶ月間、色んなことがありすぎたのに、大会が近づくと例の彼のことを思ってしまう私がバカみたいだった。それどころではないのに。普段の練習もろくにできないし、友達も失ってメンタルもボロボロ。それなのに、好きだの、意識してるだのという気持ちはいっちょ前に持っている自分に本当に嫌気がさす。


 いよいよ、3年生の最後の大会当日を迎えた。結局リレーメンバーの3人もいやいや承諾し、大会に出てくれることになった。泣いても笑ってもこれで最後。個人種目は100㍍、200㍍に出場し、100㍍は優勝を狙っていた。悔しい思いをここにぶつけるしかほか無かった。個人種目もリレーも、順当に予選を突破。とにかく良い結果を残して、自分の現状打破と、彼にいいところをアピールしたかった。


 決勝は200㍍、100㍍、リレーの順番で行われる。正直200㍍はどうでも良かった私は、そのときかなり気が緩んでいた。レース前に女子たちがトイレで入念に下着のはみ出しチェックをする中、私はトイレすらも行かず、レースに呼ばれるのをただぼーっと待っているだけだった。そして点呼に呼ばれ、レース本番。選手紹介のアナウンスが響きわたり、スタート位置に付く。クラウチングスタートの器具に足を乗せ、会場は緊張に包まれる。


 …カサ。右の二の腕を何かがかすめる感覚がした。目をやると、…ブラ紐だ!間もなく号砲が鳴った。スタートダッシュに遅れる。1つ目のコーナーを曲がる。ブラ紐がどんどん下がってくる。でも前を見ないと。大きく腕を振ったら戻ってくれるか?と思っていると、なんと、視界に彼がいた。レースを見ているではないか!1つ目のコーナーは左に曲がっていくので、ギャラリーは選手の右半身を見る構図になる。走っている私はパニック状態。もちろん失速し、結果は8人中6位という結果に終わった。


 レース後、急いでトイレに走る。ブラ紐を直して、念のためランニングパンツをチェック。パンツの布がよりにもよって右側に多めにはみ出していたことを確認した。ああもう終わりだ…。みんな私のこと笑ってるに違いない、ゼッタイ。


 しかし、泣いても笑っても最後の大会。気持ちを切り替え、下着をきっちり直して、レース本番に臨もう。しかし、動揺は100㍍でも続いたのか、力を出し切れずに3位に終わってしまった。今まで大会で私に勝てなかった他中の子が2位になり、その子は仲間と一緒に飛び跳ねて喜んでいた。それを見て私はとても悔しく、とても惨めな気持ちになった。そんな気持ちを引きずって、リレーもどうでも良くなってしまい、結果4位になり県大会出場を逃した。


 すべてのレースが終わった後、私は自校のテントに戻り、すぐにウインドブレーカーを着て鶴本直になった。真夏でめちゃくちゃ暑い気候なのに長袖長ズボンで身を包む。とにかく素肌と顔を隠したかったのだ。内心、改めて鶴本直というキャラクターがいてくれて本当にありがたいと感謝したことは今も忘れていない。しかし、その時の私は周りから鶴本直のようにカッコよく見られていなかっただろう。醜態をさらし、レースにも負けた惨めなヤツと思われていたに違いない。


 そんな黒歴史があったわけで、高校は陸上部に入らなかった。あの彼は高校でも陸上を続け、大会でも活躍し、順風満帆な青春を送っただろう。一方私は、高校も陰キャまっしぐら。今思えば、人生の暗黒時代はこの出来事から始まったと思う。あれは私の人生の黒歴史の盛大な幕開けだった。

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淡い恋心と最後の大会 @rizadons

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